白貂を抱く貴婦人の角度を測る|ダ・ヴィンチ女性肖像4作品の最後に残った「ねじれ」

モナ・リザ、ジネヴラ・デ・ベンチ、美しきフェロニエール。ダ・ヴィンチの女性肖像を「顔と体の向き」「目と口元の傾き」で読み解いてきたシリーズも、今回で最後になる。
最後に取り上げるのは、ポーランド・クラクフに所蔵されている『白貂を抱く貴婦人』だ。ダ・ヴィンチが描いた女性の肖像画は、現存するものがわずか4点しかない。つまりこの作品で、4点すべてが出揃うことになる。
結論を先に書いておく。4作品を同じ基準で測ると、頭の軸(鼻の軸)が肩と逆方向に大きく傾いているのは、この絵だけだった。さらにもうひとつ、これまでの作品との決定的な違いがある。目も斜めを見ているのだ。そして口元に宿っているのは、笑みでも無表情でもなく「感情を押し殺した唇」だと私は読んだ。
これまでの作品は、顔や体を斜めに向けていても、目は基本的にこちら(正面)を見ていた。見る側は、体の向きとは無関係に「見られている」感覚を受け取る。ところがこの絵の貴婦人は、視線ごと別の方向に向いている。私たちは見られていない。
作品の基本情報
- 作品名:白貂を抱く貴婦人(Lady with an Ermine)
- 制作年:1490年頃(クラクフ国立美術館の表記、1489〜1491年とする資料もある)
- 技法:クルミ材の板に油彩
- モデル:チェチーリア・ガッレラーニ
- 所蔵:ポーランド・クラクフ国立美術館
国立美術館の解説によれば、モデルのチェチーリア・ガッレラーニ(1473年頃〜1536年)はミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァの宮廷に仕えた女性で、公の愛人でもあった。ルドヴィーコは「イル・モーロ」の通称のほかに、「白い貂(エルミネ)」とも呼ばれていたという。つまり彼女が抱く白貂は、単なる動物ではなく、パトロンであり恋人でもある人物の象徴として読める。
貂そのものには、ほかにも複数の解釈が重ねられてきた。ギリシア語で貂を指す「ガレー(galê)」がガッレラーニの名前と響き合うという語呂合わせの説、ダ・ヴィンチ自身が動物寓意集に記した「貂は身を汚すくらいなら死を選ぶ」という純潔の象徴としての説などだ。どれも決め手はなく、複数の意味が重なっていると見るのが妥当だろう。
測定方法
4作品とも同じ方式で測った。画像をQGISに読み込み、次の線を引いて水平線または垂直線との角度を求めている。
- 肩の線:左右の肩の点を結ぶ線と、水平線との角度
- 目の線:左右の目を結ぶ線と、水平線との角度
- 鼻の軸:眉間から鼻先に向かう線と、垂直線との角度
- 鼻と目のずれ:鼻の角度と目の角度を足した値
符号は、肩と目は右側が下がるほうを「+」とした。鼻の軸は、下端が右へ振れるほうを「+」としている。
「鼻と目のずれ」の意味も書いておく。頭が画面と平行に傾いているだけなら、目の線と鼻の軸は同じ向きに回転する。上の符号の取り方では2つが逆符号になり、足すと0に近づく。つまりこの値は、頭が単純に傾いているだけではない度合い(奥行き方向の回転など)の目安になる。
測定結果:4作品の比較

| 作品 | 肩 | 目 | 鼻(垂直から) | 鼻と目のずれ |
|---|---|---|---|---|
| モナ・リザ | +12.6° | −0.8° | −1.0° | −1.8° |
| ジネヴラ | −9.7° | +0.5° | +2.1° | +2.6° |
| フェロニエール | +7.6° | −4.5° | +0.9° | −3.6° |
| 白貂 | +9.9° | −4.2° | +7.6° | +3.4° |
白貂だけの参考値として、口元の線(左右の口角)は約−9°(右上がり)、瞳の位置は後述する。この2つは画像に打った点から読み取った概算値で、他の3作品とは未比較だ。
読み取れること

肩の傾きだけなら、白貂は特別ではない
肩の傾きがいちばん大きいのはモナ・リザ(+12.6°)で、白貂(+9.9°)は2番目だ。ジネヴラは符号が逆(−9.7°)で、傾きの大きさだけなら白貂とほぼ同じになる。体を傾ける量では、4作品に大きな差はない。
頭の軸が傾いているのは白貂だけ
差がはっきり出るのは鼻の軸だ。モナ・リザ −1.0°、ジネヴラ +2.1°、フェロニエール +0.9° と、3作品はいずれも2°程度までで、頭の軸はほぼ垂直に立っている。白貂だけが +7.6° と、次点(ジネヴラ)の3.6倍も傾いている。
しかもその向きが、肩と逆になっている。肩は右下がり、鼻の軸は下端が右へ振れており、体は時計回り、頭は反時計回りにねじれている。肩と鼻の軸のねじれ幅は次の通りだ(肩の角度と鼻の角度の絶対値を合算)。
| 作品 | 肩と鼻の軸のねじれ |
|---|---|
| モナ・リザ | 約11.6° |
| ジネヴラ | 約7.6° |
| フェロニエール | 約8.5° |
| 白貂 | 約17.5° |
これは公表値ではなく、上の表の数値から私が計算したものだ(例:モナ・リザは |+12.6 + (−1.0)| = 11.6°)。他の3作品は、体は傾いていても頭は垂直に立つ。白貂だけが、頭まで体と逆に傾いている。静止した正面像ではなく、振り向く途中の一瞬を切り取ったように見えるのはこのためだと考えている。
なお、フェロニエールは鼻の軸がほぼ垂直なのに、目の線だけが −4.5° 傾いている。「目だけが傾く」という別のタイプで、白貂の「頭ごと傾く」とは構造が違う。
「鼻と目のずれ」は決め手にならない

当初、私は白貂の「鼻と目のずれ」(+3.4°)が、頭の奥行き方向の回転を示すのではないかと考えていた。しかし4作品を並べると、ずれの大きさは1.8〜3.6°の範囲に収まっており、フェロニエール(−3.6°)のほうが大きい。この値だけでは、白貂を他の3作品から区別できない。
3次元的な頭の回転を検証するには、別の手法が必要になる。たとえば左右の目の幅の比は手がかりになる。白貂では、画面左の目の幅が右の目の約1.5倍ある。顔が右へ回転しているので、奥側の目が小さく見えるのは自然だが、これも前3作品と同じ方法で測るまでは比較できない。
目も斜めを見ている
ここがこの記事でいちばん伝えたい点だ。
顔が右を向いていて、なおかつ視線がこちらに向いている場合、瞳は目の開きの中で「顔の向きと逆側(左寄り)」に寄る。これがモナ・リザ以来の「顔は斜め、目は正面」という構図の仕組みだ。
打った点から瞳の位置を測ると、この絵ではそうなっていない。各目の画面左端を0、右端を1としたとき、次の位置になる。
- 画面左の目:瞳は約0.7で、右寄り
- 画面右の目:瞳は約0.8で、右寄り
左右どちらの目も、瞳が顔の向きと同じ右側へ寄っている。つまり視線は、顔の向き以上に右へ流れている。これは「こちらを見ている」配置ではなく、画面の外の何かを見ている配置だ。この数値は点の位置からの概算で、前3作品を同じ尺度で測り直せば、差が裏づけられるはずだ。
この視線の先に何があるのかは、記録が残っていない。ルドヴィーコの入室を迎える瞬間だという読みもあるが、あくまで解釈にとどまる。確かなのは、ダ・ヴィンチがこの作品でだけ、見る者との視線の契約を外したということだ。
頭のねじれ、肩のねじれ、視線の逸れ。3つが重なることで、絵に「いま、この瞬間」の時間が生まれている。
口元は「抑えた」唇
シリーズを通して、私は4作品の唇を次のように読んできた。
- モナ・リザ:微笑むときの唇
- ジネヴラ:無感情の唇
- フェロニエール:何か言いたいときの唇(反撃の感情)
- 白貂:感情を押し殺している唇
白貂の口角は右上がりに傾いているが、モナ・リザのようにふわりと持ち上がっているわけではない。唇は閉じられ、力が入っている。目は画面の外の何かへ向けられたまま、口元だけが抑制されている。この目と口のずれが、「押し殺している」という印象を作っているのではないか。
黒い背景は、ダ・ヴィンチが描いたものではない
もうひとつ、この作品を語るうえで外せない事実がある。現在見える漆黒の背景は、ダ・ヴィンチが描いたものではない。
国立美術館の調査解説によると、元の背景は灰色がかった青〜暗い灰色の無地で、わずかな明暗の変化によって奥行きのある空間を感じさせるものだったとされる。1992年にワシントンのナショナル・ギャラリーで行われた科学調査(デイヴィッド・ブル主導)は、背景の色を灰青色と定義し、窓があったという説も退けた。のちに行われたフランスの技師パスカル・コットのマルチスペクトル撮影では、元の背景は深い青だったと報告されており、色の表現には見解の差がある。背景以外の絵肌は、保存状態が良好だとされる。
クラクフ国立美術館は、背景が19世紀に塗り直されたとしている(18世紀半ばとする資料もある)。いずれにせよ、私たちが見ている漆黒の背景は、後世の手が加わった姿だ。ただし元の背景も、光で濃淡をつけた半暗がりで、人物が暗がりから浮かび上がる効果を狙ったものだったと国立美術館は説明している。「闇に浮かぶ」構図そのものはダ・ヴィンチの意図で、現在の一様な黒が後世のものだ、ということになる。
ここで、シリーズの中で私が繰り返し抱いてきた感覚を思い出す。ダ・ヴィンチの女性肖像は「不気味なほど生命が宿って見える」「真夜中に見たくない」。この作品では、黒い背景がその印象を強めている要因のひとつかもしれない。元の背景は濃淡のある灰青色だったとされるので、現在より輪郭がやわらかく、空気をまとった肖像に見えていた可能性がある。
貂の下に隠れた3つの段階
コットの分析では、この絵は少なくとも3段階で描かれたとされている。
- 貂のいない、女性だけの肖像
- 小さな灰色の貂を加えた段階
- 大きく筋肉質な白い貂を描き直した最終段階
美術史家マーティン・ケンプは、この結果を注目すべきものと評価したと報じられている(2014年のBBC報道を引用したartnetの記事)。一方、美術史家ベンダー・グロスヴナーは、貂が後から足されたというコットの中心的な主張は、公表された画像からは明確に読み取れないと指摘している。貂の大きさと力強さが増していったのは、ルドヴィーコの象徴性を強める意図があったのかもしれないが、これは分析結果からの推測で、制作意図を示す同時代の記録は確認できていない。
作品を通して見えたこと
4作品を同じ基準で並べて、私が得た手応えは次の通りだ。
- 肩の傾きは4作品で似ており、差が出るのは頭の軸と視線だった
- 角度は、作品ごとの「動きの量」を数値にできる
- ただし数値は、感情そのものを説明するものではない
- 感情を読むには、目と口元を分けて見る必要がある
モナ・リザが「静かな微笑み」、ジネヴラが「凍った無表情」、フェロニエールが「言葉を飲み込んだ反撃」、そして白貂が「押し殺された感情」。同じ「女性の肖像」でも、ダ・ヴィンチは4通りの内面を、角度と唇で描き分けていたことになる。
その中で白貂は、頭を逆に傾け、視線まで外した、最も動きのある1点だった。
限界と今後の課題
- 角度は2次元の画像上で測ったもので、実際の頭部の3次元的な回転ではない
- 目・口角・肩の点は手作業で打っており、打ち方による誤差がある
- 背景の黒塗りや経年劣化で、輪郭が元の姿から変わっている可能性がある
- 「唇の読み」は私の主観であり、数値で裏づけられたものではない
- 瞳の位置と口元の線は白貂のみの概算で、前3作品は未測定
次の課題は、瞳の位置と口元の線を前3作品でも同じ基準で測り、「視線」と「口元」を数値で比較することだ。別の記事として整理するつもりである。
参考
- クラクフ国立美術館(National Museum in Kraków)「Leonardo da Vinci, Lady with an Ermine」公式コレクションページ: https://mnk.pl/en/collections/lady-with-an-ermine/
- Google Arts & Culture / National Museum in Krakow「Behind the Mystery of The Lady with an Ermine」(クラクフ国立美術館による解説): https://artsandculture.google.com/story/LAWRkq8iKEKGJA
- Google Arts & Culture / National Museum in Krakow「Lady with an Ermine」科学調査の解説: https://artsandculture.google.com/story/QQXx_0jmLd0bJg
- Newsweek「Why Is the Lady Black?」(デイヴィッド・ブルが調査中だった時期の記事。結論ではなく途中経過): https://www.newsweek.com/why-lady-black-204604
- artnet News「Secrets of Leonardo’s ‘Lady with an Ermine’ Finally Revealed」(コットの3段階説とケンプのコメントを伝える記事): https://news.artnet.com/art-world/secrets-of-da-vincis-lady-with-an-ermine-finally-revealed-117891
- Art History News(ベンダー・グロスヴナー)「’Secrets of Leonardo revealed’?」(コットの主張への批判): https://www.arthistorynews.com/articles/3016_Secrets_of_Leonardo_revealed
- NBC News / AP「Digital scan detects hues in Leonardo piece」(パスカル・コットの撮影に関する記事): https://www.nbcnews.com/id/wbna22096347
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