【衛星画像】ウクライナ戦前・現在の変化|ザポリージャ原発とカホフカダム決壊のリアル

【衛星画像】ウクライナ戦前・現在の変化|ザポリージャ原発とカホフカダム決壊のリアル

ウクライナとロシアの戦争は、今だけを見ていては理解できない。第二次世界大戦後まで遡って両国の関係を史実に則して解説する。その上で戦争前と現況について衛星画像を使用して比較解析したい。

第二次世界大戦後からクリミア併合まで—ウクライナとロシアの断絶はなぜ起きたのか?

現在進行形の問題であるウクライナ情勢を深く理解するには、単なる「現在の軍事対立」として捉えるだけでなく、第二次世界大戦後からソ連解体、そして2014年のクリミア侵攻に至る歴史的な脈絡を紐解く必要がある。

かつて「兄弟国」と称された両国が、なぜ決定的な対立へと至ったのか。ソ連時代の内情からウクライナ独立、そして領土侵奪までの軌跡を辿ることでこの戦争の真実に近づきたい。

ソ連体制下のウクライナ—一体化と潜在的禍根(1945年〜1980年代)

第二次世界大戦において、ウクライナはナチス・ドイツとソ連の激戦地となり、甚大な被害を受けた。戦後、「ウクライナ・ソビエト社会主義共和国」はソ連の農業・重工業の基盤として、極めて重要な位置を占めることになった。

クリミア半島の移管(1954年)

歴史的に重要な出来事となったのが、1954年の「クリミア移管」です。ニキータ・フルシチョフ第1書記の主導により、ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国からウクライナへクリミア州が移管された。

これは「ロシアとウクライナの再統合300周年」を祝う象徴的な措置として発表されましたが、実際には地理的・経済的にウクライナ本土と直結しているクリミアの行政管理を効率化する目的があった。当時は同一国(ソ連)の中での「行政区画の変更」に過ぎず、将来的な国家間の領土問題に発展するとは予見されていなかった。

チェルノブイリ原発事故とモスクワへの不信(1986年)

1986年に発生したチェルノブイリ原子力発電所事故は、ウクライナ人の対モスクワ感情を決定的に悪化させた。ソ連中央政府による事故情報の隠蔽と初動の遅れは、ウクライナ住民の命を脅かし、モスクワ主導の権力構造に対する強烈な不信感を植え付けた。これが後のゴルバチョフ期における民主化運動(ペレストロイカ)と民族自決運動(人民運動「ルーヒ」など)の拡大へと繋がっていく。

ウクライナの独立と「安全保障の約束」(1991年〜1997年)

1991年のソ連解体に伴い、ウクライナは新たな主権国家としての歩みを始める。

90%超が支持した独立宣言

1991年8月、ウクライナ議会は独立を宣言。同年12月に行われた住民投票では、東部やクリミアを含む全土の90%以上が独立を支持した。同月、ロシア、ベラルーシと共にベロヴェーシ合意に署名し、ソビエト連邦は正式に消滅した。

核放棄と「ブダペスト覚書」(1994年)

独立当時、ウクライナの領域内には旧ソ連の莫大な核兵器が残されており、一時的に世界第3位の核保有国となった。しかし、国際社会の懸念に応える形で、ウクライナは核不拡散条約(NPT)に加盟し、すべての核兵器をロシアへ移送・廃絶することを受け入れた。

この核放棄の対価として1994年に署名されたのが「ブダペスト覚書」がある。アメリカ、イギリス、そしてロシアの3大国が、ウクライナの「政治的独立と既存の国境(領土保全)」を尊重し、武力による威嚇や行使を行わないことを安全保障として約束した。

黒海艦隊とセヴァストポリの扱い

独立後の懸案となったのが、クリミア半島のセヴァストポリに駐留する旧ソ連黒海艦隊の分割問題だった。1997年の両国間の条約(相互友好条約)により、艦隊の分割とともに、ロシアがセヴァストポリの港湾施設を長期借与(リース)することで合意し、表面上の平和が維持された。

親欧米路線への転換と2014年クリミア侵略

21世紀に入ると、ウクライナ国内では「伝統的なロシアとの結びつき」を重視する勢力と、「EUやNATOへの加盟による欧州統合」を目指す勢力の間の政治的葛藤が激化した。

民主化運動と「マイダン革命」

  • 2004年 オレンジ革命: 大統領選での大規模な不正選挙疑惑に対し、市民が抗議演説を展開。親欧米派のユシチェンコ政権が誕生した。
  • 2013〜2014年 尊厳の革命(マイダン革命): 親ロ派のヤヌコーヴィチ大統領がEUとの政治・貿易協定の署名を見送ったことで、首都キエフ(現キーウ)の独立広場で大規模なデモが勃発。流血の惨事の末、ヤヌコーヴィチはロシアへ亡命し、親欧米派の暫定政権が発足した。

クリミア半島の違法併合(2014年)

マイダン革命直後の2014年2月、ウクライナの混乱に乗じたロシアは軍事行動に出る。

階級章や国籍マーカーを外したロシア軍特殊部隊(いわゆる「緑の小男たち」)がクリミア半島の主要インフラや議会を迅速に占領。ロシアの影響下で強行された違法な「住民投票」を経て、ロシアはクリミアの併合を一方的に宣言した。

この行為は、1994年のブダペスト覚書および1997年の友好条約で自らが約束した「ウクライナの領土保全」を自ら踏みにじるものであり、国際法違反として多くの国から非難と制裁を受けた。

破られた約束と全面侵攻への伏線

ロシアによる2014年のクリミア併合と東部ドンバス地方での親ロ派武装勢力への介入は、第二次世界大戦後の欧州国境秩序を揺るがす重大な転換点となった。

1954年の行政移管はソ連という枠組みの中での出来事だったが、1991年の独立と1994年のブダペスト覚書によって、クリミアを含む領土は「国際的に承認されたウクライナの国境」として確定していたはずだった。

しかし、この自主的な核放棄と国際条約による安全保障の枠組みは、2014年のクリミア侵奪によって崩壊。のちの2022年全面侵攻へと続く、両国の破局的な構造決定へとつながっていくことになる。

ロシアの侵攻開始が2022年2月24日になった背景

  • 2/4 北京冬季五輪開幕。開会式に合わせてプーチンが訪中し、習近平と首脳会談・共同声明
  • 2/20 北京五輪閉会式(同日、ベラルーシでの露白合同軍事演習も終了)
  • 2/21 プーチンがテレビ演説し、ドネツク・ルハンシク両「人民共和国」の独立を承認
  • 2/24 全面侵攻開始

北京五輪への配慮(政治的要因)

中国は五輪期間中の軍事行動に神経を尖らせていたとされ、米国務副長官シャーマン氏は「プーチンが五輪の時期にウクライナへの軍事攻撃を仕掛ければ習近平は喜ばないだろう」と指摘していた。実際、2014年のクリミア併合も、ソチ五輪閉会式を待っていたかのようにロシアの作戦が始まっており、五輪終了が号砲になるパターンは前例があった。今回も2月20日の閉会式を待って翌21日にテレビ演説、24日に侵攻開始という順序を辿っている。

露白合同演習「ソユーズの決意」の終了日

2/10〜2/20に予定されていたベラルーシでの大規模演習が、まさに2/20終了。これにより国境付近に集結していた部隊をそのまま前進させる形になり、軍事的な準備完了のタイミングとも一致する。

地形・気象条件

軍事アナリストの間では、ウクライナ東部の黒土地帯(チェルノーゼム)は雨季・雪解け期に「ラスプチッツァ」と呼ばれる泥濘化が発生し、装甲車両の路外機動が困難になることが知られている。2月下旬〜3月上旬は地表がまだ十分に凍結している最後の時期で、これを過ぎると春の融雪でオフロード機動が事実上不可能になる、という「地面のコンディション」が軍事的な締め切りとして機能していた可能性が高い。

衛星画像で見る「戦前」と「現在」—マリウポリとザポリージャ

歴史的経緯を踏まえた上で、実際に衛星画像(Sentinel-2 L2A)を用いて、開戦前後と現況を比較する。対象は①マリウポリ市街地②ザポリージャ原発周辺のカホフカ貯水池である。

なぜマリウポリが狙われたのか

比較したのは2022年1月8日(開戦前)と2026年8月25日(現況)の2時期である。

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マリウポリが開戦当初から最激戦地の一つとなった背景には、単なる偶発的な戦闘ではなく、明確な戦略的理由がある。

第一に、クリミアとドンバスを結ぶ「陸の回廊」の要衝であること。 マリウポリは、2014年にロシアが併合したクリミア半島と、同年から親ロシア派勢力が実効支配していたドネツク・ルハンシク両州のちょうど中間に位置する。ロシアにとってこの都市を制圧することは、クリミアとドンバスを陸路で直結させ、アゾフ海沿岸全体を掌握することを意味した。

第二に、経済的価値。 マリウポリはアゾフ海最大の港湾都市であり、アゾフスターリとイリイチという2つの大規模製鉄所を抱える、ウクライナ有数の重工業拠点だった。この地域を奪取・破壊することは、ウクライナの輸出経済に打撃を与える狙いも兼ねていた。

第三に、象徴的な意味合い。 マリウポリはアゾフ大隊(Azov Battalion)発祥の地であり、ロシアが侵攻の口実として掲げた「非ナチ化」を体現する標的として位置づけられた側面もある。一方でウクライナ側にとっては、アゾフスターリでの籠城戦が数か月にわたる抵抗の象徴となり、都市の陥落後もウクライナの継戦意志を国際的に印象づける結果となった。

これらの地政学的・経済的・象徴的な要因が重なった結果、マリウポリは開戦初期における最大級の激戦地となり、今回の衛星画像に写る製鉄所の惨状は、その帰結の一端を視覚的に裏付けるものと言える。

アゾフスターリ製鉄所の変化

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比較したのは2022年1月8日(開戦前)と2026年8月25日(現況)の2時期である。

画面右上、港湾(画面中央下の防波堤群)から見て北東方向、カリミウス川の河口を挟んだ対岸に広がる赤褐色の工業地帯は、座標照合(北緯47.0947度、東経37.5969度)の結果、アゾフスターリ製鉄所(Azovstal Iron and Steel Works)である。マリウポリにはもう一つ、市街地北部内陸にイリイチ製鉄所(Illich Iron and Steel Works)があるが、今回切り出した範囲には含まれていない。

両時期を比較すると、建屋群の外観に明確な変化が確認できる。2022年1月の画像では、屋根や外壁がグレー〜銀色の健全な状態で写っているのに対し、2026年8月の画像では同じ建屋の広い範囲が赤茶色に変色しており、屋根や外壁が失われて内部の鋼材が露出・酸化した状態を示していると考えられる。これは、2022年春の激しい包囲戦でアゾフスターリが砲撃・空爆を受けて廃虚と化したという既知の事実と視覚的に整合する。同製鉄所は5月にウクライナ軍守備隊が投降するまで、市街戦の最終的な抵抗拠点となった場所である。

なお、河口付近から白いもや状のものが立ち上っている様子が2022年1月の画像に見られるが、これが工場の稼働蒸気か、単なる雲・雲の影かはこの解像度・単一時期の画像だけでは判別できない。視覚的な煙の有無をもって稼働状況を断定するのは避け、後述の生産統計に基づいて判断する。

ウクライナの製鉄業界団体の集計では、旧ソ連期に年5000万トンを超えていた生産量は2021年時点で2100万~2200万トン、開戦後の2022年には630万トンまで落ち込んだと報じられており、マリウポリの2大製鉄所(アゾフスターリ、イリイチ)の稼働停止・破壊がその主因とされる。

なお、湾内の水色が2022年のターコイズブルーから2026年にはやや濃い緑がかった色調に変化している点も目を引くが、これは季節(1月と8月)による水温・プランクトン量の違いや、河川流入量の違いによっても十分説明がつくため、製鉄所の稼働停止と直接結びつけるのは早計である。排水量の変化を論じるには、同一季節・複数時点のデータで裏付ける必要がある。

ザポリージャ—カホフカ貯水池の水位低下

比較したのは2022年2月15日(開戦前)と2026年9月12日(現況)である。2022年の画像では、幅数kmに及ぶ濃紺色のカホフカ貯水池が画面を横断しているのに対し、2026年の画像では貯水池はほぼ消失し、蛇行する狭い河道と、かつての湖底が干上がってできた広大な緑色の湿地・植生帯に置き換わっている。

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この劇的な変化の原因は、農業用水の消費や渇水ではなく、2023年6月6日に発生したカホフカダムの破壊である。ダムはドニプロ川下流にあり、ウクライナ・ロシア双方が相手の攻撃と主張し合ったまま原因は未確定だが、決壊直後から貯水池の水位が急速に低下し、下流域に大規模な洪水被害をもたらした。今回の2時期の比較画像は、このダム決壊という単発の事象を挟んだ「前後」を切り取った形になる。

原発は画像に写っているか

写っている。ザポリージャ原子力発電所はエネルホダール市内、貯水池東岸に位置し(座標はおよそ北緯47.51度・東経34.58度)、2026年の画像でも河道沿いに突き出た半島状の敷地と、その脇に区画された長方形(角の取れた四角)の水域を確認できる。この長方形の水域が、原子炉冷却専用に整備された「冷却池」である。

冷却池は主貯水池(カホフカ湖)とは別に、堤防で仕切られ、あえて主貯水池よりも高い水位に保つよう設計されている。これにより、2023年のダム決壊で主貯水池が干上がった後も、冷却池自体は独立して水を保持できた。画像で見る限り、2026年時点でもこの区画には水が残っており、周辺の主河道・湿地帯とは明確に区別できる濃い色調を保っている。

あの水位でも冷却は足りているのか

結論から言えば、「今のところは持ちこたえているが、余裕は乏しい」というのが実情に近い。ポイントは3つある。

第一に、同原発の6基の原子炉は2022年以降すべて停止しており、現在は「冷温停止」状態にある。稼働時に比べて崩壊熱(停止後も燃料が発し続ける熱)は大幅に小さく、必要な冷却水量・循環量も稼働時より格段に少なくて済む。

第二に、IAEA(国際原子力機関)は2023年のダム決壊直後、この専用冷却池について「数か月分の水量は確保されている」との見解を示し、その後も井戸など複数の代替水源を確保して冷温停止を維持していると報告してきた。

第三に、ただしその冷却池自体も無傷ではない。環境団体グリーンピース・ウクライナが衛星画像分析をもとに公表した調査では、2025年夏だけで冷却池の水面積が10万平方メートル以上縮小したと指摘されており、ダム決壊後、緩やかな水位低下が続いていることがうかがえる。さらに2026年8月には外部電源が断たれ、非常用ディーゼル発電機の燃料が10日分程度しか残っていないとIAEAが警告する事態も発生した。これは水の「量」の問題というより、水を循環させるポンプを動かす「電力」の問題であり、水源が保たれていても送電が絶たれれば冷却機能自体が失われるリスクがある点には注意が必要だ。

両画像に写る穀倉地帯について

ザポリージャ/マリウポリいずれの比較画像でも、周辺には典型的な黒海沿岸の農地パッチワークが広がっているが、この部分の色調変化を戦争の影響とみなすのは注意を要する。2022年の画像は2月・1月という冬季の撮影であるのに対し、2026年の画像は8月・9月という収穫期前後の撮影であり、土壌の露出具合や作付け状況の違いは季節差によるところが大きい。実際、2022年2月のザポリージャ画像では農地の一部に雪氷とみられる白色斑が残っているが、これは単純に冬季の気象条件を反映したものであり、農業生産そのものの変化を示す証拠にはならない。

小麦地帯というテーマ自体は、開戦による作付面積・輸出量の減少、黒海封鎖の影響など、統計データに基づいて論じるべき側面が大きい。今回のような視覚的な前後比較を用いる場合は、比較する2時期の撮影季節をできる限り揃えるか、季節差を明示した上で読者に提示することが望ましい。


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