
お風呂の排水口、渦の向きは本当に南北で逆か
「北半球と南半球では、お風呂やトイレの排水口にできる渦の向きが逆になる」——一度は聞いたことがある話だと思う。北半球では反時計回り、南半球では時計回り。理由は地球の自転が生み出す「コリオリ力」だという説明とセットで語られることが多い。
実際、筆者の自宅(日本、北半球)の浴槽の排水を観察してみると、渦は時計回りに流れているように見える。都市伝説通りなら「北半球は反時計回り」のはずなので、これは矛盾しているように思えるかもしれない。しかし結論を先に言ってしまうと、この矛盾こそが都市伝説の誤りを証明している。浴槽やトイレのスケールでは、コリオリ力は渦の向きを決める要因としてほぼ無力であり、渦の向きは北半球か南半球かとは無関係に、排水口の形状や水を張ったときのわずかな流れの癖といった別の要因で、その都度ランダムに決まる。同じ浴槽で何度栓を抜いても、そのたびに渦の向きが変わることは、繰り返し実験で確認されている、物理学的にほぼ決着のついた話である。
ではなぜ「都市伝説」と切り捨てられる話と、実際に台風の回転方向を支配する本物の物理法則が、同じ「コリオリ力」という名前でくくられてしまうのか。この記事では、まずこの矛盾を整理したうえで、コリオリ力が本当に効いてくるスケールとは何かを、実際の衛星画像で確認する。
ロスビー数—「効くか効かないか」を決める物差し
コリオリ力が支配的になるかどうかを判定する指標に、ロスビー数(Rossby number) というものがある。
Ro = U / (f・L)- U:流れの速さ
- f:コリオリパラメータ(後述)
- L:現象の空間スケール
Roが大きいほどコリオリ力は無視できるほど小さく、Roが小さいほどコリオリ力が支配的になる。
浴槽の場合、Lはせいぜい0.5m、排水にかかる時間は数十秒。この規模では、水を張ったときにわずかに残る流れの癖や、排水口の形状、指で軽くかき混ぜた程度の擾乱の方が、コリオリ力よりも桁違いに強く効く。Roは非常に大きくなり、コリオリ力は完全にノイズの中に埋もれてしまう。
一方、台風は空間スケールが数百〜数千km、発達に数日を要する現象だ。この規模になるとRoは1よりずっと小さくなり、コリオリ力が渦の回転方向を支配する主要因になる。
同じ「コリオリ力」という言葉を使っていても、浴槽と台風とではまったく別の話をしている——これが最初に押さえておきたいポイントだ。
見かけの力を、体感的に理解する
コリオリ力とは何か。専門用語を使わずに言えば、「回転する舞台の上でだけ感じる、見かけの力」である。
回転木馬を思い浮かべてほしい。回転木馬の中心に立って、外側にいる友達めがけてボールを投げるとする。
- 外から地面に立って見ている人にとって、ボールはまっすぐ飛んでいくだけだ。何の不思議もない。
- しかし回転木馬に乗っている本人から見ると、自分自身が回転しているせいで、ボールが真っ直ぐ飛んだはずなのに、なぜか横に逸れて曲がっていくように見える。友達も同時に回転して位置がずれているからだ。
地球はこの巨大な回転木馬そのものであり、私たちはその上に立っている「回転木馬に乗っている人」にあたる。空気や海水がまっすぐ動こうとしても、地球が自転しているせいで、地表にいる私たちから見ると進行方向に対して曲がって見える——これがコリオリ力の正体だ。
北半球では自転の向きの関係で、動くものは進行方向に対して右にそれる。南半球では逆に左にそれる。この非対称性が、台風の回転方向を南北で逆にする直接の原因になる。
数式で表すと、コリオリパラメータfは緯度φを使って
f = 2Ω sin(φ)と書ける。Ωは地球の自転角速度(7.2921159×10⁻⁵ rad/s)、φは緯度だ。北半球(φ>0)ではf>0、南半球(φ<0)ではf<0となり、この符号の反転がそのまま渦の回転方向の反転につながる。ちなみに赤道上(φ=0)ではf=0となり、コリオリ力そのものが消える。このため赤道直下(おおむね南北緯5度以内)では台風はほとんど発生しない。
実証:北半球と南半球、実際の衛星画像で見る
理論だけでは物足りないので、実際の台風・サイクロンの衛星画像で回転方向を確認する。
北半球側に選んだのは、2019年に日本の関東・東北地方に甚大な被害をもたらした台風19号(ハギビス)。南半球側は、2016年にフィジーを直撃し南半球観測史上最強クラスとされるサイクロン・ウィンストン。

[NASA Worldview、Terra/MODIS、2019年10月11日]
日本列島の東海上、非常に整った同心円状の眼を伴い、反時計回りに渦を巻いているのが確認できる。

[NASA Worldview、Suomi NPP/VIIRS、2016年2月21日]
フィジー諸島のすぐ東で、ウィンストンは時計回りにはっきりと渦を巻いている。同じ「台風」という現象でありながら、赤道を挟んで回転方向が正反対になっていることが、実際の観測データから一目で分かる。
理論(f = 2Ω sin(φ)の符号反転)と、実際の観測(衛星画像上の回転方向)が完全に一致していることが、この2枚の比較から確認できたことになる。
制作メモ:2つの想定外
この2枚の画像を揃える過程で、当初は想定していなかった技術的なつまずきが2つあった。記録として残しておく。
1. Terra衛星の緊急停止
サイクロン・ウィンストンの画像を取得しようとした際、NASA WorldviewでTerra/MODISセンサーを選択すると、2016年2月19日から28日までの期間がすべて真っ黒(データなし)になるという現象に遭遇した。調べたところ、Terra衛星は2016年2月18日、姿勢制御の軌道傾斜調整マヌーバ中にセーフモード(緊急停止状態)に入り、観測を完全に停止していたことが分かった。データ収集が再開されたのは2月24日、通常の科学品質に戻ったのはさらに後の2月28日以降だった。まさにウィンストンの最盛期(2月20日前後)が、この欠測期間にすっぽり収まってしまっていたことになる。
対処として、同時期に正常稼働していた別センサー(Suomi NPP/VIIRS)に切り替えることで解決した。北半球側(ハギビス、Terra/MODIS)と南半球側(ウィンストン、Suomi NPP/VIIRS)とでセンサーが異なる結果になったのは、この偶発的な衛星トラブルが理由である。
2. 日付変更線をまたぐと、GeoTIFFの座標が壊れる
ウィンストンの画像はフィジー諸島周辺、経度でいうと東経175〜180度あたりに位置する。ダウンロード範囲を指定する際、うっかり東経180度(日付変更線)をまたぐ形で範囲を選択してしまったところ、QGISに読み込んだ際に画像がまったく見当違いの場所(インドネシア付近)に表示されるという現象が起きた。
これは、GeoTIFFの座標系が通常-180度から+180度の範囲で経度を管理しているためだ。日付変更線をまたぐ範囲を指定すると、範囲の東端と西端で経度の符号が反転し(東経179度→西経179度)、ソフトウェアが実際よりはるかに広い—場合によっては地球のほぼ全周にあたる—範囲として誤認識してしまう。結果として画像の位置情報そのものが壊れた状態でファイルが生成される。
対処法は単純で、ダウンロード範囲を日付変更線をまたがないよう、東経179度以下に収めるよう調整するだけで解決した。地理空間データを扱う際、日付変更線と極点は「座標系が不連続になる特異点」として常に注意が必要だということを、あらためて実感させられた一件だった。
日付変更線とは何か—ついでに整理しておく
先ほどの技術的なつまずきに関連して、日付変更線についても簡単に触れておきたい。
地球上のどこかで「今日から明日に変わる境界線」を決めておかないと、日付の管理が成り立たない。その境界線として国際的に定められているのが、太平洋上のほぼ経度180度線に沿って引かれた日付変更線だ。
この線を西から東(たとえば東経179度から西経179度)へ越えると日付は1日戻り、逆に東から西へ越えると1日進む。飛行機で太平洋を横断する際に「同じ日に2回誕生日を迎えられる」といった話が起きるのはこのためだ。
地図や地理空間データの上では、経度は西経180度から東経180度までの範囲(あるいは0度から360度)で管理されるのが一般的だが、日付変更線をまたぐ地点(東経179度のすぐ隣が西経179度になる)では、この数値が不連続に飛ぶ。今回のGeoTIFFの座標崩壊も、まさにこの不連続性にソフトウェアが対応しきれなかったことが原因だった。地理空間データを扱う際は、赤道(緯度0度)だけでなく、この日付変更線(経度180度)もまた、注意すべき「特異点」であることを覚えておきたい。
次回・第2部では、IBTrACS(国際ベストトラックアーカイブ)の全期間データ約13,000件を使い、実際に台風・サイクロンがどこで発生しやすいのかを、コリオリパラメータの理論値と照らし合わせながら検証する。
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