九州地熱GIS分析—ヘトリスヘイジを超える発電ポテンシャルを、断層・火山・国立公園データから読む

九州地熱GIS分析—ヘトリスヘイジを超える発電ポテンシャルを、断層・火山・国立公園データから読む

はじめに

前回はアイスランドのヘトリスヘイジ発電所(303MW)を地質データとブーゲー異常GISで解剖した。今回はその問いを日本に持ち込む。「九州に同規模以上の地熱発電所は作れるか」という問いだ。

ただし「作れるか」を政策や資金で論じるつもりはない。GISで空間的に答える。地質図・断層データ・国立公園境界・温泉データを重ね合わせ、条件を満たすエリアを機械的に抽出する。そしてその延長を実績値と比較する。

結論を先に言う。九州・大分県の九重山周辺だけで、ヘトリスヘイジを大きく上回るポテンシャルがGISデータから導出される。

地図の読み方

今回の分析マップは複数のレイヤを重ねている。それぞれが何を示しているかを先に整理する。

ブーゲー異常(仮定密度2.30g/cm³) ベースとなるラスターレイヤ。冷色(青・紫)が負異常=低密度地殻、暖色(黄・橙・赤)が正異常=高密度地殻を示す。地熱発電の文脈では、負異常域は熱水系の発達した低密度領域正異常は高温流体を保持する緻密な岩盤として解釈できる。

緑のポリゴン(seamlessV2_poly) GSJ(産業技術総合研究所)のシームレス地質図V2から抽出した地熱ポテンシャルの高い地質ユニット。火山岩・熱水変質岩など、地熱開発に適した地質を示す。

青線(final_difference → 最適地熱立地) 本分析の核となるレイヤ。次のセクションで詳述する演算の結果だ。

紫のポリゴン(nps) 国立公園境界。このエリアは開発除外対象として処理した。

赤星(database_m) スミソニアン研究所GVP(Global Volcanism Program)の火山データベースから取得した火山地点。今回の分析では熱源の代理変数として使用した。

ブーゲー異常で見る九州の世界的特異性

九州のブーゲー異常には、日本国内でも突出した特徴がある。北部から南部にかけて、負から正へ極端に変化するのだ。

北部九州(筑後・佐賀平野付近)は比較的負異常優位で、堆積盆地・低密度地殻が卓越する。これが南下するにつれ、急速に正異常域へ移行する。南九州(鹿児島湾・薩摩・大隅半島)では顕著な正異常帯が広がる。

この南北勾配は何を意味するか。フィリピン海プレートの沈み込みによって生じた火山弧の構造的反映だ。南に行くほどプレートの影響が強く、マグマ活動が活発で、地殻密度が高い。同時に、断層系が発達し、熱水流体の移動経路が豊富に形成される。

世界的に見ても、これほど短い距離(南北200km程度)でブーゲー異常が正負を大きく振れる火山弧は珍しい。ヘトリスヘイジが立地するヘンギル周辺は+40.1 mGalの安定した正異常域だったが、九州南部は局所的に+100 mGalを超えるゾーンも存在する。熱源規模の桁が異なる。

九重山周辺を最適立地として選んだのか

分析のロジックは以下の演算式で表せる。

地熱適地地質ポリゴン(緑)
∩ 断層3種バッファ2km(実在断層・推定断層・伏在断層)
− 国立公園(nps)
− 温泉地点バッファ2km
= 地熱候補線(青線 / final_difference)

さらに今回、この青線を絞り込むために追加条件を加えた。

青線
∩ 火山帯(GVP火山地点)から7〜17kmのドーナツ型バッファ
= 最適地熱立地(黄線)

断層バッファ2kmの根拠

断層破砕帯の透水性が高い範囲は、野外調査や地熱井データから数百m〜2km程度とされている。特に正断層・斜断層系では走向方向に流体が集積しやすく、断層面から1〜2kmが実質的な「流体移動回廊」になる。2kmは上限側の保守的な値として、地熱研究の経験則と整合している。

実際、日本の主要地熱発電所(八丁原、山葵沢、松川など)の生産井は、断層から概ね0.5〜2km圏内に集中している。

国立公園の除外

霧島屋久国立公園・阿蘇くじゅう国立公園などが主要な除外エリアとなった。実際、稼働中の大霧地熱発電所(霧島市・30MW)は国立公園内に立地しており、今回の分析では除外対象となっている。これは分析のバグではない。青線は既存発電所と競合しない新規開発余地を示している。

温泉バッファの除外

温泉地点から2kmを除外した理由は、既存温泉事業者との利権競合回避だ。地熱井が温泉帯水層に干渉した事例(大分・八丁原周辺での議論など)は実際に起きており、これを先手で空間的に除外することで、現実的な開発可能域を算出した。

なお、山川地熱発電所(指宿市・30MW)は温泉エリアとの近接により除外対象となっている。既存の大規模発電所2か所が両方とも除外されるという結果は、分析の精度を逆説的に示している。

火山帯7〜17kmドーナツの根拠

火山直上(7km未満)は、マグマが浅すぎて掘削リスクが高く、過熱蒸気によるタービン損傷のリスクもある。一方、火山から遠すぎると(17km超)熱源の影響が薄れ、地熱ポテンシャルが低下する。

7〜17kmの縁辺帯が最適という判断は、既存発電所の立地とも整合する。八丁原発電所は九重山から約12km、大霧発電所は新燃岳から約15km——いずれもドーナツリング内に収まる。GISが独立に導出した最適域が、半世紀の開発実績と一致した。

九重山・由布鶴見周辺の地熱ポテンシャル

分析の結果、最も黄線(最適地熱立地)が集積したのは大分県の九重山(Kujusan)・由布鶴見(Yufu-Tsurumi)周辺だった。

この2火山のデータは以下の通りだ。

項目九重山(Kujusan)由布鶴見(Yufu-Tsurumi)
タイプ成層火山群溶岩ドーム群
最終噴火1996年867年
標高1,791m1,584m
岩石タイプ安山岩/玄武岩質安山岩安山岩/玄武岩質安山岩
テクトニクス沈み込み帯/大陸縁辺沈み込み帯/大陸縁辺

九重山の最終噴火が1996年というデータは重要だ。ヘンギルの最終噴火が約1,900年前で「燃え尽きかけのロウソク」状態だったのに対し、九重山はより近年まで活動しており、熱源の新鮮さという点では上回る。通常であれば活火山周辺は地熱発電に不利ではないかと考えるが、「熱源が活発すぎて開発できない」というジレンマに陥る一方で、この火山大国・日本には、その過酷な熱構造を逆手に取って最大の武器に変える次世代技術が存在する。それが、国策(NEDO/JOGMEC主導)として世界をリードする「超臨界地熱発電(Supercritical Geothermal Power)」である。

アイスランド・ヘリスヘイジのように最終噴火から1,900年が経過した「燃え尽きかけのロウソク」では、地下深くまで掘っても374℃に達しない可能性がある。一方、直近までマグマ活動があった九重山直下であれば、わずか地下3〜4kmという比較的浅い深度で確実に超臨界ゾーンへアクセス可能である。これは掘削コストと技術的リスクを劇的に低減できることを意味する。弱点だった「活火山」が、超臨界においては「最高の資産」へと反転するのだ。

そしてこの周辺で分析が抽出した最適地熱立地の断層延長は約2,800kmだった。

超臨界地熱発電とは

従来の地熱発電が地下2〜3kmの熱水(温度300℃以下、亜臨界水)を利用するのに対し、超臨界地熱発電はさらに深部、マグマ溜まりの境界(地下3〜5km)まで掘削し、水の臨界点(温度 374℃、圧力 22.12 MPa[約220気圧])を超える高エネルギー流体をダイレクトに抽出する。

気体の拡散性と液体の溶解性を併せ持つ「超臨界水」はエネルギー密度が従来の熱水とは桁違いに高く、井戸1本あたりの出力は従来型の4〜10倍(1サイトあたり100〜200MW)に達する。経済産業省の最新ロードマップ(2025〜2026年動向)でも、この技術の導入により、日本の地熱ポテンシャルは従来の23.5GWから77GW以上へと爆発的に拡大すると試算されている。

技術特性従来型(亜臨界)地熱発電次世代型(超臨界)地熱発電
ターゲット深度地下 1,000m 〜 3,000m地下 3,500m 〜 5,000m(マグマ近傍)
流体温度 / 圧力200℃ 〜 300℃ / 亜臨界圧374℃ 以上 / 22.12 MPa 以上(超臨界状態)
井戸1本あたりの出力約 3 MW 〜 5 MW約 20 MW 〜 50 MW(約10倍)
サイトあたりの規模20MW 〜 110MW(八丁原が国内最大)100MW 〜 200MW クラス

ヘトリスヘイジとの比較

断層延長比による4,100MWはあくまで地表の線形データに基づく理論上限だが、沈み込み帯である九州(九重)の貯留層は、アイスランド(正断層主体の薄く広がるリフト型)に比べて、東西圧縮・南北引張の複雑な応力場で断層が3次元的に激しく破砕されており、貯留層の深さ方向の厚み(体積)が非常に大きい特徴がある。そのため、線形的な単純比較以上の『貯留層の厚みによるポテンシャル』が隠されている可能性がある。

発電ポテンシャルの試算

比較の基準点として、同じ大分県に立地する八丁原地熱発電所(110MW)を使う。日本最大の地熱発電所であり、九重山周辺に半世紀以上の運営実績がある。
八丁原の開発に利用された断層帯延長を保守的に75kmと推定すると:

2,800km ÷ 75km × 110MW ≒ 4,100MW

ヘトリスヘイジ303MWの約13倍に相当する理論ポテンシャルだ。

ただし、これは理論的上限値であることを明示する。実際の開発可能量は掘削コスト、送電インフラ、土地権利、環境アセスメント等により大幅に絞られる。保守的に10〜20%の実現率を見込んでも、410〜820MW—ヘトリスヘイジを単独で超える規模となる。

温水供給の可能性

ヘトリスヘイジは発電(303MW)と同時に温水供給(133MW熱)を行い、レイキャビク市民の暖房を担っている。九重山周辺では同様の応用が可能か。

可能性は高い。九重山麓の由布院・別府は日本有数の温泉地帯であり、既に大規模な温泉熱利用インフラが存在する。地熱発電の余剰熱を農業用温室や養殖施設に転用するモデルも、山川発電所周辺で既に実証されている。発電後の熱水を農業・観光・養殖に多段階利用するカスケード型システムは、この地域の産業構造と親和性が高い。

地熱温室農業—イチゴ・メロンという選択

ヘトリスヘイジはレイキャビク市民の暖房に余剰熱を使うが、九重山周辺では用途が異なる。暖房需要の少ない九州で余剰熱の向かう先は施設園芸だ。

八丁原発電所(110MW)の熱収支を見ると、地熱流体の投入熱量は約730〜1,100MWthで、発電後の余剰熱はその大部分を占める。このうち農業転用可能な分を保守的に20%と見積もると約160MWthとなる。

大分・九重周辺の冬季平均気温は約5℃、温室内目標温度25℃で温度差20℃。標準的な大型温室の暖房負荷(約100W/m²)から逆算すると:

160MWth ÷ 0.1kW/m² = 1,600,000m² = 約160ha

発電所敷地(195ha)のうち施設・緑地を除いた転用可能な平坦地が約85ha、主蒸気輸送管の実績延長(2号機で約3km)から3km圏内の飯田高原の牧草地・草原を加えると、現実的な温室農業の展開可能面積は約100〜150haと試算される。

アイスランド全土の地熱温室が約14haであることを考えると、八丁原周辺だけでその7〜11倍の規模になる。

作物選択—なぜイチゴとメロンか

温室作物の選択は温度要件と収益性の両面から決まる。

イチゴは最適気温15〜20℃で地熱温水との相性が良く、高設栽培なら培地温度8〜10℃の管理で十分だ。全国平均反収3,340kg/10a、卸売単価700円/kg前後で粗収益は約234万円/10a。暖房コストがほぼゼロになることで、通常のビニールハウスでは利益が圧縮されがちな冬季収穫でも収益が安定する。

メロンは最適気温25〜30℃、最低地温16〜18℃以上と温度管理の要求が厳しく、果菜類の中でも栽培難度が高い。専用温室(ガラス・アクリル張り)の建設費は10aあたり4,500万円と高額だ。しかしここに地熱温室モデルの逆転の発想がある。暖房コストがゼロになれば、高額な建設費の回収計算が成立する。

温室メロンの反収は約3,000kg/10a、アンデスメロン等の卸売単価は500〜800円/kg。粗収益は150〜240万円/10aで、暖房費ゼロなら収支が大きく改善する。

ビジネスモデル—熱は発電所が持つ、建物は賃借人が建てる

提案するモデルはシンプルだ。

  • 発電所側:余剰熱水の供給コストを負担(パイプライン整備・温水供給)
  • 農業者側:温室建設費と賃借料を負担(イチゴ用ビニールハウスなら比較的低コスト)

このモデルはアイスランドの地熱農業と本質的に同じ構造だ。アイスランドでは暖房コストが化石燃料比90%削減され、Friðheimarの0.5haの温室が年間370トンのトマトを生産する。同じ原理を九重山周辺に適用すれば、100〜150haの地熱温室団地が成立する。

粗収益試算(イチゴ・100ha規模、賃借料考慮前):

100ha × 3,340kg/10a × 100 × 700円/kg ≒ 約234億円/年

地域農業の規模としては破格だ。発電所の余剰熱が地域の農業インフラになる—これがヘトリスヘイジモデルの日本版だ。

アイスランドとの地質的差異

類似点と相違点を正直に示す。

条件Hengill(アイスランド)九重山周辺(大分)
テクトニクスリフト帯(拡大境界)沈み込み帯(収束境界)
地殻厚<15km約25〜30km
岩石タイプ玄武岩安山岩/玄武岩質安山岩
最終噴火約1,900年前1996年(九重山)
ブーゲー異常+40.1 mGal(安定)局所変動大(−〜+)
流体起源淡水(気象水)淡水系(要確認)

地殻厚は不利だ。アイスランドの<15kmに対し、九州は約25〜30km。掘削深度が深くなる分、コストと技術的難度が上がる。

しかしテクトニクスの違いは単純な優劣ではない。沈み込み帯では水が豊富にマントルへ供給されるため、流体の豊富な地熱系が形成されやすい。日本の地熱が世界第3位のポテンシャルを持つ理由のひとつだ。

まとめ:GISが示した答え

今回の分析を整理する。

分析手順の再現性

地質・断層・国立公園・温泉・火山データという公開データセットだけを使い、以下の空間演算を行った。

  1. 地熱地質ポリゴンと断層2kmバッファの交差
  2. 国立公園・温泉バッファの除外
  3. 火山帯7〜17kmドーナツとの交差

この手順は誰でも再現できる。

GISが導出した事実

  • 最適エリアは大分県・九重山/由布鶴見周辺
  • 該当エリアの断層延長:約2,800km
  • 理論ポテンシャル:約4,100MW(保守的実現値で410〜820MW)
  • 既存の八丁原発電所の立地がドーナツリング内に収まる——分析の妥当性を独立に検証

ヘトリスヘイジとの比較

理論上限では約13倍。保守的実現値でも単独でヘトリスヘイジ(303MW)を超える。

ただし「できる」と「やる」は別の話だ。掘削コスト、温泉業者との調整、国立公園規制の運用、送電網整備—現実の障壁は無数にある。GISはポテンシャルの地図を描くが、それを掘り起こすのは政策と資本だ。

データソース:Global Volcanism Program(Smithsonian Institution)、産業技術総合研究所シームレス地質図V2、国土地理院、国立公園境界データ(環境省)、ICGEM EGM2008、Natural Earth 解析環境:QGIS 3.44.10(Solothurn)


過去記事リンク:第1回 火山と金鉱床第2回 アイスランド・ヘトリスヘイジ地熱発電所第3回 九州地熱発電


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