
インドネシアの水インフラ格差を追った前回から一転、今回は東南アジアの外側、中国という巨大な国内市場の内側にある水のクライシスに焦点を当てる。中国の主要河川の6割が飲用に適さないとされ、北はハルビンから西はウルムチ、東は上海、南は海口まで、ほぼすべての大中都市で地下水の過剰採取による地盤沈下が起きている。中国政府自身がこの状況を「持続不可能」と認め、実際に動かしているのが、チベット高原の水をはるばる黄河上流へ引く「南水北調・西線工程」である。なぜ中国はチベットと新疆という、国土の3割を占めながら人口のごく一部しか住まない土地を手放せないのか。その答えの中心には、水がある。
中国本土の水クライシス
中国が「水の大国」だという印象は、国土面積や人口の大きさから来る錯覚に近い。実際の水資源賦存量を人口で割ると、1人当たりの水資源量は世界平均の4分の1程度にとどまり、しかもその水量は南に偏って分布している。長江以南が国土面積の36%しか占めないにもかかわらず、水資源の81%を抱える一方、黄河・海河・淮河という北方の3水系は、国土の3分の1近い面積と人口の3分の1以上を抱えながら、水資源はわずか7%台という、極端な南北の偏りを抱えている。
この構造的な偏りに、汚染が追い打ちをかけている。2006年に行われた全国規模の河川調査では、対象となった河川の約6割が飲用に適さない水質だったと報告されている。工場排水による表流水の汚染に加え、地下水は農薬や化学肥料の浸透によって広範囲に汚染が進み、2007年の都市部浅層地下水調査でも、東北・西北・東部・中南部を中心とした複数の都市で水質の悪化が確認された。主な汚染物質は硝酸性窒素、アンモニア性窒素、フッ化物、重金属など、農業由来・工業由来の両方にまたがっている。
さらに深刻なのが、地下水の「枯渇」そのものだ。中国では全国で160カ所以上の地域で地下水の過剰採取が続いており、年間およそ100億m³の地下水が失われ、50を超える都市で合計6万km²以上の土地が深刻な地盤沈下に見舞われている。この地盤沈下が確認された都市の分布は、北はハルビン、西はウルムチ、東は上海、南は海口まで、事実上国土全域に及ぶ。水利専門家自身が、この地下水依存型の生産・生活様式は持続不可能だと公言しているほどの規模である。
つまり中国が直面しているのは、単なる「水不足」ではなく、「使える水そのものが減り続けている」という二重の危機である。そしてこの危機の震源地となっているのが、人口と産業が集中する黄河流域・華北平原という、国土のほんの一部にすぎない北方地域だ。次節で見るように、この北方の渇きを満たす水源として、中国が最終的に頼らざるを得なくなっているのが、チベット高原である。
チベット自治区 ― 「アジアの給水塔」
チベット高原は、アジアで最も重要な水源地帯のひとつである。氷河・湖沼・湧水を合わせた貯水量の推計は9兆m³を超えるとされ、これは三峡ダムの最大貯水量の230倍に相当する。長江、黄河、メコン川、サルウィン川、インダス川、ブラマプトラ川など、アジアの主要河川10本がこの高原を水源としており、下流域に暮らす人口は世界人口の約2割に達すると見積もられている。
ただし、ここで注意しなければならないのは、「チベット」という言葉が指す範囲には、行政区分としてのチベットと、民族としてのチベットという、2つの異なる地理があるという点だ。
行政上の「チベット自治区(西藏自治区)」は、1965年に設置された中国の省級行政区で、チベット高原全体のうちのおよそ半分程度をカバーするにすぎない。残りのチベット族居住地域は、歴史的に「アムド」「カム」と呼ばれてきた地方にあたり、現在は青海省・四川省・甘粛省・雲南省という、まったく別の省に分割されて編入されている。具体的には、青海省の海北・黄南・海南・果洛・玉樹・海西(モンゴル族との共同自治)の6自治州、甘粛省の甘南自治州、四川省の甘孜(ガンゼ)・阿壩(アバ)の2自治州、そして雲南省の迪慶自治州がこれにあたる。これら周辺自治州はいずれもチベット族を主要民族とする自治州であり、新疆ウイグル自治区とは無関係の、別の民族区域自治の枠組みである。
この行政と民族のズレは、単なる地図上の雑学ではない。前節で触れた南水北調・西線工程の水源(達曲、両河口、双江口など)は、いずれも行政上のチベット自治区の外―青海省や四川省のチベット族自治州の中に位置している。つまり中国が水を引いているのは、狭義の「チベット自治区」からではなく、より広い「民族的チベット」の版図からである。行政区分を細かく分割しておくことで、この地域を一体の政治的主体として扱いにくくしている、という見方も可能だろう。
こうした水源地帯の一角では、資源開発も同時に進んでいる。長江源流域に近いユロン(巨龍)銅鉱山は中国第二位の埋蔵量を持つとされる大規模な銅鉱床で、ラサ近郊のギャマ銅多金属鉱山とあわせ、チベット高原東部の主要な採掘拠点となっている。さらに、中国国内のリチウム埋蔵量の約85%がチベット高原に集中しているという研究もあり、ザブイェ塩湖は世界でも有数の規模を持つリチウム塩湖として開発が進む。塩湖からのリチウム抽出は本質的に大量の水を蒸発・濃縮させる工程であり、乾燥した高地の水収支に直接影響を及ぼす。アジア10大河川の水源地帯で、採掘という水消費・水汚染のリスクを伴う産業が同時に進行している、という構図がここにある。
新疆ウイグル自治区 ― 乾燥地の水収支
チベットが「水を生み出す土地」だとすれば、新疆ウイグル自治区は対照的に「限られた水を奪い合う土地」である。
新疆の中心に広がるタリム盆地は、中国最大の内陸盆地であり、周囲を天山山脈・崑崙山脈・パミール高原に囲まれた乾燥地帯だ。この盆地の地下水は、主に周辺山地からの雪解け水が河床や水路、農地から浸透することで涵養されており、動的貯留量は年間110億から148億m³程度と推計されている。降水量がきわめて少ないこの地域では、灌漑設備なしに農業はほぼ成立せず、地下水と河川水への依存度がきわめて高い。
その限られた水を、2つの高水消費産業が奪い合っている。ひとつは石油・天然ガスだ。タリム盆地では世界最大級の油田群が確認されており、確認埋蔵量は原油でおよそ60億トン、天然ガスで8兆m³にのぼるとされる。石油・天然ガスの掘削・精製プロセスは大量の水を必要とし、乾燥地における産業用水需要の大きな部分を占めている。
もうひとつは綿花だ。新疆は中国国内の綿花生産量で第1位を誇り、新疆綿は世界三大コットンの一角とされる。綿花は本来水を多く必要とする作物であり、タリム盆地のような乾燥地で栽培を続けるには、大規模な灌漑インフラが不可欠になる。ところが実際の灌漑施設は、土でできた水路など効率の悪い設備が主体であることが多く、用水の損失量が高い水準で推移してきた。中国の全国平均と比較しても、新疆の農地1畝あたりの実灌漑用水量はかなり高い水準にあるという指摘もあり、水資源の利用効率という点で改善の余地が大きい地域だといえる。
つまり新疆の水問題は、チベットのような「水源そのものが汚染・採掘のリスクにさらされている」という構図とは異なり、「絶対的に限られた水を、石油・天然ガスと綿花という2つの高水消費産業、そして生活用水が奪い合っている」という、需給の逼迫そのものが本質にある。この逼迫が、次節で見る南水北調・西線工程や、さらにその先にある紅旗河構想のような大規模な水移転構想を、中国にとって手放しがたい選択肢にしている。
南水北調・西線工程 ― 国家が公式に認めた自己診断

チベットの水源と、渇いた華北平原とを実際に結びつけようとしているのが、南水北調・西線工程である。
南水北調は、長江の水を北方へ移すという発想のもと、東線・中線・西線という3つのルートで構成される国家プロジェクトだ。すでに稼働している東線(2013年通水)と中線(2014年通水)が、長江下流・漢江から北京・天津・華北平原へ水を送っているのに対し、西線が対象とするのは黄河上流域、具体的には青海・甘粛・寧夏・内モンゴル・陝西・山西といった、より内陸の乾燥地帯である。
西線が取水する水源は、行政上のチベット自治区ではなく、前節で述べた青海省・四川省のチベット族自治州―すなわち民族的チベットの版図の中にある。上線案では、雅砻江支流の達曲・泥曲や、大渡河支流の杜柯河・玛柯河・阿柯河など6つの水源から合計40億m³を自然勾配で調水し、賈曲を経由して黄河本流に合流させる計画とされる。下線案では、金沙江の叶巴灘、雅砻江の両河口、大渡河の双江口という、いずれも建設中または計画中の水力発電ダムを流用する形で、合計130億m³規模の調水を見込み、洮河を経由して黄河に合流させる。両案を合わせた調水規模(170億m³)は、黄河の年平均自然流量(480〜580億m³程度)のおよそ3割に相当し、黄河上流域の慢性的な水不足を大きく緩和しうる規模である。
注目すべきは、この事業が「必要」とされている理由を、事業を推進する専門家自身が明確に語っている点だ。ある水利専門家は、地下水の過剰採取が北はハルビン、西はウルムチ、東は上海、南は海口まで、ほぼ全土の大中都市で地盤沈下を引き起こしており、こうした地下水依存型の生産・生活様式はもはや持続不可能だと述べている。つまり西線工程は、外部からの批判者が指摘する仮説ではなく、中国自身が公式に認めた自己診断への処方箋として位置づけられている。
もっとも、西線工程は依然として計画段階にあり、着工時期は確定していない。水利部は2000年以降、この工程が通過する川青高原―生物多様性が豊かで、希少な動植物や環境的に敏感な地域を多く含む―における生態環境影響について、継続的に論証作業を行ってきたと説明されている。また、雅砻江・大渡河はいずれも長江水系に属する河川であり、上流での大規模な取水は、下流にあたる四川省・雲南省の水利用や生態系にも影響を及ぼしうる。西線工程が実現すれば、それは「北方の渇きを癒す処方箋」であると同時に、「南方の水資源をさらに切り詰める」という、もうひとつの再分配でもある。
紅旗河構想 ― 新疆への「未完の答え」
ここまで見てきた西線工程は、あくまで黄河上流域―青海・甘粛・寧夏・内モンゴル・陝西・山西を対象とした計画であり、新疆までは水を届けない。地図上でルートを引いてみると、上線・下線のいずれの終点も甘粛省南部で黄河に合流し、そこから先、河西回廊を越えて新疆へ続く区間は存在しないことがわかる。では、新疆の水不足に対する「答え」は存在しないのか。
存在はする。ただし、まだ実現していない。
2016年、水利専門家の王浩氏らを中心とする研究チームが提唱したのが、「紅旗河」西部調水構想である。ヤルツァンポ川(ブラマプトラ川の上流部)の大屈曲部から取水し、怒江(サルウィン川上流)、瀾滄江(メコン川上流)、金沙江、雅砻江、大渡河、岷江、白龍江、渭河を経由して劉家峡水庫で黄河を渡り、河西回廊を通って新疆の和田・喀什(カシュガル)まで到達する、全長6,188kmの環状水路という構想だ。全区間を自然勾配だけで流す「全程自流」設計が特徴で、年間調水量は600億m³、黄河の年間流量に匹敵する規模とされる。想定投資額は4兆元、実現すれば西北の乾燥地域に約20万km²の緑地帯が生まれるという試算も示されている。
しかし紅旗河は、南水北調のような国家の正式事業ではない。あくまで専門家グループによる民間の構想にとどまっており、提唱から数年が経った現在も、着工の見通しは立っていない。この構想が抱える課題は大きく3つある。
第一に、国際河川の問題だ。ヤルツァンポ川、怒江、瀾滄江はいずれも国境を越えて流れる国際河川であり、下流にあたるインド、ミャンマー、メコン流域国との水資源配分について、事前の調整が避けられない。取水地点より上流の可調水量を厳密に積算すると、対象河川全体でおよそ2,200億m³にとどまり、紅旗河の計画取水量はその4分の1以上を占める計算になる。これほど大きな比率の取水は、下流の水文・生態環境を大きく変えかねない。
第二に、塩害のリスクである。専門家の一部からは、新疆の水問題は「量」ではなく「水質」――土壌・地下水に含まれる高濃度の塩分――にこそ本質があるという指摘がある。乾燥地に大量の淡水を注ぎ込んでも、排水路が整わなければ塩分が地表に蓄積し、広範囲の土地塩害を招くおそれがある。
第三に、取水可能量そのものへの疑義だ。自然勾配で流すためには標高の高い上流部でしか取水できず、下流域でどれだけ水量が豊富であっても紅旗河の水源としては使えない。この制約を踏まえて再計算すると、想定されている600億m³という数字自体が過大評価だという分析も存在する。
つまり「新疆に水を引く構想がない」わけではない。あるにはあるが、国際河川、塩害、取水量という3つの壁の前で、2016年の提唱から一歩も動いていない、というのが正確な現状である。国家が公式に着手している西線工程と、専門家の間だけで語られ続ける紅旗河構想。この温度差そのものが、チベットの水と新疆の渇きの間にある距離を物語っている。
黄河・長江それぞれの汚染ルートと、飲料水という現場
ここまで見てきた西線工程も紅旗河構想も、突き詰めれば「量」の問題への対応である。しかし中国の水危機には、量だけでは語れない、もうひとつの側面がある。それが水質、とりわけ黄河と長江という2つの受け皿そのものが抱える汚染だ。
黄河 は、工場排水と生活排水という一般的な汚染源に加えて、レアアース採掘に由来する特有のリスクを抱えている。西線工程の合流点となる甘粛省南部から下流へ向かうと、黄河は内モンゴル自治区の包頭市のすぐそばを流れる。ここにあるのが、前回取り上げたバヤンオボー鉱区だ。鉄鉱石とともに世界最大級の軽希土類が産出するこの鉱区では、採掘した鉱石からレアアースを分離した後の残滓が、40年以上にわたって鉱さいダム(尾鉱池)に堆積し続けており、その蓄積量は現在1億7,000万トンにのぼるとされる。この残滓にはトリウムなどの放射性物質が含まれており、地元では「レアアース湖」とも呼ばれている。大規模な地震や豪雨によってこの鉱さいダムが決壊すれば、周辺住民の安全が脅かされるだけでなく、汚水が黄河に流入して深刻な汚染を引き起こす可能性が指摘されている。つまり黄河は、通常の工場排水・生活排水に加えて、放射性物質を含む鉱業残滓という、決壊時には破局的な影響をもたらしかねないリスクを、その水源のすぐそばに抱えている。
長江 の汚染源は、性質がやや異なる。長江本流沿いには、上海・武漢・重慶といった人口数百万から数千万規模の大都市が連なっており、生活排水と工場排水の双方が慢性的な負荷として流れ込み続けている。さらに、前回触れた通り、長江水系には南方のイオン吸着型レアアース鉱区からの汚染も流れ込む。江西省贛州などで行われる池浸法・現地浸出法による採掘は、アンモニア性窒素や重金属を含む汚水を発生させ、贛江から鄱陽湖を経て長江本流に合流する。長江の汚染は、黄河のような「決壊時の破局的リスク」というよりは、無数の都市・工場・鉱区から絶えず流れ込む、慢性的で広範囲にわたる負荷という性格が強い。
そしてこの水質汚染は、統計の上の話にとどまらない。中国住宅・都市建設部水質センターが2009年に実施した全国都市飲用水状況調査では、水道水が安全基準をクリアしていた地域は全体のわずか50%にとどまったと報告されている。裏を返せば、調査対象地域の半分では、基準を満たさない水がそのまま水道水として供給されていたことになる。加えて、給水管の素材も老朽化した鉄管やコンクリート管が主体を占める都市が多く、配管の劣化そのものが二次的な水質悪化を招く要因にもなっている。南水北調や西線工程が「量」を運んでも、その水を家庭の蛇口まで届ける末端インフラの老朽化と、レアアース採掘のような局地的だが深刻な汚染源が残っている限り、「安全に飲める水」という最終目的地には、まだ距離がある。
中国の水危機は、水源地帯(チベット)と消費地(華北・新疆)の間の地理的なミスマッチだけでなく、その水が実際に届く先―蛇口の水質という、最も生活に近いレベルでも、依然として解決していない課題として存在している。
水利事業を雇用対策として活用する「以工代賑」という側面
ここまで、水の量的不足と水質汚染という、いわば中国の水問題の「負の側面」を中心に見てきた。しかし、これらの水利・環境インフラ整備は、同時に中国国内の雇用対策としての役割も担っている。
中国には「以工代賑(労働による救済)」と呼ばれる、公共事業を通じて低所得層・農村部の労働者に現金収入の機会を与える制度が古くから存在する。国家発展改革委員会が2026年3月に全国人民代表大会へ提出した報告によれば、2025年には農村振興政策の一環としてこの以工代賑を通じた雇用創出が進められ、400万人以上が地元で就業機会を得たとされる。北京市が2023年に公表した実施方針を見ると、対象領域には農村の生産・生活基盤、交通、水利、文化観光、林業といった小規模インフラ工事が明記されており、水利事業がこの制度の主要な受け皿のひとつであることがわかる。都市部調査失業率が5%台で推移し、政府が雇用の安定を重要な政策目標に掲げ続けている中国において、水利・環境インフラへの投資は、単なる資源戦略にとどまらず、内需喚起と雇用創出を兼ねた景気対策としての意味合いも強い。
この視点から見ると、南水北調・西線工程のような大規模国家プロジェクトも、地下水枯渇や地盤沈下という危機への対応策であると同時に、建設・土木分野における雇用の受け皿という側面を持つ。また、バヤンオボー鉱区のような鉱さいダム(尾鉱池)の環境修復や、老朽化した給水管の更新といった、より小規模で地道な水質改善事業も、以工代賑の枠組みで地元住民の雇用に結びつけられる余地がある。実際、以工代賑の実施対象には、収入獲得能力が限られた層や、災害による被災者などが優先的に組み込まれる仕組みになっており、水利事業への投資が、地域経済のセーフティネットとしても機能している。
もちろん、これによって前節で述べた汚染そのものが解消されるわけではない。しかし、中国政府が水問題を「解決すべき環境課題」であると同時に「活用すべき雇用創出の機会」として位置づけている点は、今後の政策の持続性を占ううえで見逃せない要素だ。環境対策が単なるコストではなく、雇用と地域経済への投資と結びつけられている限り、政治的な優先順位が下がりにくいという副次的な効果も期待できる。水をめぐる中国の動きは、危機対応と経済対策という2つの顔を同時に持っている、という点も付け加えておきたい。
中国本土、とりわけ黄河流域と華北平原は、水質汚染と地下水枯渇という二重の危機に直面しており、この危機は中国政府自身が公式に「持続不可能」と認めるレベルに達している。その処方箋として現在進行しているのが、チベット高原―ただし行政上のチベット自治区ではなく、青海省・四川省に広がる民族的チベットの版図―から水を引く南水北調・西線工程であり、この事業は国家プロジェクトとして着実に動いている。
一方、同じく深刻な水不足を抱える新疆ウイグル自治区には、紅旗河構想という「答え」こそ存在するものの、国際河川問題・塩害リスク・取水可能量への疑義という3つの壁の前で、2016年の提唱から一歩も進んでいない。西線が国家の公式な自己診断への処方箋であるのに対し、紅旗河はいまだ専門家の間だけで語られる未完の構想にとどまっている―この温度差こそが、チベットと新疆という2つの自治区の、中国にとっての意味の違いを映し出している。
そして、水を遠くから引いてくるだけでは解決しない問題も残る。黄河はレアアース採掘由来の放射性残滓という決壊時に破局的なリスクを、長江は無数の都市と南方の鉱区から流れ込む慢性的な汚染を、それぞれ抱えている。水道水の安全基準クリア率が全国平均でも半分程度にとどまるという現実は、水の「量」を確保することと、蛇口から出る水を「安全に飲める」ことの間に、まだ大きな距離があることを示している。
水がある場所と、水を大量に使う場所、そして水を安全に使える場所―この3つが一致していないという地理的なミスマッチこそが、中国がチベットと新疆という、国土の3割を占めながら人口のごく一部しか住まない2つの自治区を、決して手放せない核心的な理由である。同時に、これらの水利・環境インフラへの投資が、以工代賑という形で国内の雇用対策とも結びついている点は、中国が水問題に取り組み続ける動機を、危機対応だけでなく経済政策としても下支えしている。
次回(第3回)では、この2つの自治区がもう一方で抱える、人権・監視・独立問題という側面を取り上げる。
記事には書けない分析の補足と、次回テーマの先行告知をお届けします。
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