- 2026年5月18日
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本記事は、BBC News(2026年8月7日)の “Why airlines are warning over lithium-ion batteries” を参考にしつつ、私自身の視点で再構成したものです。
🔗https://www.bbc.com/news/articles/cwyl6yz719jo
航空会社がリチウムイオン電池について警告を発している理由
今年6月、ラスベガス行きの旅客機内でモバイルバッテリーが発火し、機体は消防車に迎えられる緊急着陸となった。BBCの取材によれば、リチウムイオン電池関連のインシデントは全世界で週2件のペースで発生しており、航空業界にとって最大級のリスクの一つになっている。だが発火は空の上に限った話ではない。2006年のノートパソコン大量リコール、2024年の韓国・仁川での電気自動車全焼事故、2022年と2023年の自動車運搬船火災――いずれも根は同じ化学反応にある。本稿ではBBC記事の要点を整理した上で、過去の主要事例を事実確認し、リチウムイオン電池が「発火という宿命」を背負うに至った開発の経緯、そして日中韓米が競う代替電池技術の現在地を検証する。
技術系記者のベン・ウォデッキ氏は今年6月、ラスベガス行きの便で客室乗務員が血相を変えて機体後方に駆け出す場面に遭遇した。乗客が使用していたモバイルバッテリーが過熱し、座席ごと発火したのだ。乗務員はバッテリーを水を張った容器に投げ込んで鎮火を試み、機体は「速く、荒っぽく」ハリー・リード国際空港に緊急着陸、滑走路では消防隊が待ち構えていた。
英国民間航空局(CAA)のジョナサン・ニコルソン氏によれば、リチウムイオン電池は航空業界にとって「ここ数年、少なくともトップ3に入るリスク」であり、米国の調査では世界全体で週2件のペースで関連インシデントが発生しているという。米連邦航空局(FAA)のデータでも今年7月15日までに51件の確認済みインシデントが報告されており、増加傾向にある。
背景にあるのは2025年1月、韓国・金海空港で駐機中のエアプサン機が全焼した事故だ。調査当局は、機内持ち込み手荷物棚に置かれていたモバイルバッテリーの発火が原因と結論づけた。これを受けて国際航空運送協会(IATA)は「Travel Smart with Lithium Batteries」という啓発キャンペーンを開始している。
英国立物理学研究所(NPL)の電池技術専門家ピエール・クビアック氏は「リチウム自体は燃えない。燃えるのは中の有機材料やプラスチックだ」と説明する。ひとたび熱暴走(サーマルランナウェイ)が始まると、電池は数百度から1000度前後まで急激に温度が上昇する。スマートフォンやノートパソコンだけでなく、スマートウォッチやスマートグラス、電子タバコなど発火源になり得る機器は年々増えており、東アジア製の安価なバッテリーパックの品質管理の甘さも問題を助長しているという。
現時点でリチウムイオン電池に代わる経済的な代替技術は存在しないとクビアック氏は指摘する。ナトリウムイオン電池という選択肢はあるが、現状ではコストがリチウムイオン電池の倍程度かかるとしている(この点は後述するが、直近の状況はやや変化しつつある)。
今回の記事を読んで私の記憶に、2010年前後に同僚のiphoneの充電中の発火事故が思い出された。リチウムイオン電池の発火事故について、重大な事故を検証してみよう。
2005〜2006年:ソニー製ノートPC用バッテリーの大量リコール
2005〜2006年にかけて起きていたのは、デルやアップル、IBM/レノボ、東芝、ソニー、HP、富士通など主要メーカーのノートパソコンに搭載されていたソニー製リチウムイオン電池セルの発火事故だ。発端は2005年12月、デルのノートPCで発火事故が発生したこと。ソニーは同年11月の時点で、電池内部への金属微粒子混入が原因であることを特定していたとされるが、対策の周知が遅れ、2006年に入って被害が表面化した。最終的にデルとアップルを中心に約960万個のセルが自主回収対象となり、費用は約510億円に達した。ソニーはこの事故を機にバッテリー事業を縮小し、2017年には電池事業そのものを村田製作所に譲渡している。
2024年8月:仁川のマンション地下駐車場でのメルセデスEQE全焼事故
2024年8月1日未明、韓国・仁川市のマンション地下駐車場に駐車していたメルセデス・ベンツのEV「EQE」が、外部からの衝撃なしに突然発火・爆発した。消火に8時間以上を要し、約140台が被害を受け(うち40台が全焼)、23人が搬送、約1600世帯が最大1週間にわたり停電・断水の影響を受けた。国土交通部の調査により、同車には中国・孚能科技(Farasis Energy)製のNCM(ニッケル・コバルト・マンガン)系バッテリーセルが搭載されていたことが判明している。この事故は韓国社会にEV不信を広げ、集合住宅がEVの地下駐車場乗り入れを制限する動きや、中国・深圳市による地下駐車場のEV安全基準強化(2024年11月施行)にもつながった。なお、朝鮮日報の分析では、事故から1年近く経っても発火の根本原因は「原因不明」のまま調査が終了しており、バッテリー管理システム(BMS)データの検証をめぐるメーカーと当局の情報格差が指摘されている。
2022年・2023年:自動車運搬船の海上火災
EV輸送中の海上火災としては、2件の大規模事故が記憶に新しい。2022年2月、商船三井保有の自動車運搬船「フェリシティ・エース」が大西洋上で火災を起こし沈没した。ランボルギーニ、ベントレー、ポルシェなど高級車を含む約4000台(うちフォルクスワーゲングループ車が中心)を積載しており、被害額は3億3000万ドル超と試算されている。出火原因は特定されていない。
2023年7月26日には、正栄汽船所有・川崎汽船チャーターの自動車運搬船「フリーマントル・ハイウェイ」がオランダ沖で炎上した。3783台のうち498台がEVで、そのうちの1台からの発火が疑われている。乗組員1人が死亡し、22人が30メートルの高さから海に飛び込んで救助された。保険会社アリアンツによれば、2022年の船舶火災は209件と過去10年で最多を記録しており、EVのリチウムイオン電池は通常の火災の2倍のエネルギーで燃焼するとの指摘もある。ただし、いずれの事故もEVバッテリーが直接の出火源であったと最終確定されたわけではなく、調査は難航している点には留意が必要だ。
リチウムイオン電池の発火リスクが化学的必然であることを理解するには、その開発史をたどる必要がある。
基礎となる発見は1979年、英オックスフォード大学のジョン・グッドイナフ教授と、同大に留学中だった水島公一氏(後に東芝)による、正極活物質としてのコバルト酸リチウム(LiCoO₂)の発見に遡る。これに続き、旭化成の吉野彰博士が1981年からポリアセチレンを負極に用いる研究を進め、1985年には正極にコバルト酸リチウム、負極を炭素材料に置き換えることで、現在のリチウムイオン電池の基本構造を確立した。
商品化で先行したのはソニーだった。独自にハードカーボンを負極活物質とする電池を開発し、1991年、ソニー・エナジー・テックが世界に先駆けて商品化、京セラの携帯電話に採用された。翌1992年には旭化成と東芝の合弁会社エイ・ティーバッテリーが、1994年には三洋電機やパナソニックも量産に参入し、20世紀末のリチウムイオン電池市場は日本企業が独占する状態となった。この功績により、吉野彰、ジョン・グッドイナフ、スタンリー・ウィッティンガムの3氏は2019年にノーベル化学賞を受賞している。
発火リスクが構造的に組み込まれている理由は、リチウムイオン電池の基本原理そのものにある。正極と負極の間をリチウムイオンが移動することで充放電するこの電池は、エネルギー密度を高めるほど、正極と負極を隔てる有機溶媒系の電解液や、薄いセパレーター(絶縁膜)にかかる負荷が大きくなる。金属異物の混入や物理的損傷、過充電、外部からの高温にさらされることでセパレーターが破損すると、正極と負極が直接接触して内部短絡が発生し、電解液中の可燃性有機溶媒に引火する。これが熱暴走であり、NPLのクビアック氏が指摘するように、燃えているのはリチウムそのものではなく、電池内部の有機材料とプラスチックだ。つまり「高いエネルギー密度」と「発火リスク」は、液系有機電解質を用いる限りトレードオフの関係にあり、製造品質の改善である程度は抑制できても、原理的にゼロにはできない。事実、2006年の大量リコールの原因も「セル製造工程での金属微粒子混入」という、まさにこの構造的弱点を突いたものだった。
ここでよくある誤解を一つ正しておきたい。「スマートフォンは発火しないが、モバイルバッテリーは発火する」という認識は正確ではない。実際にはスマホも発火している。2016年のGalaxy Note7の世界的リコール(バッテリー設計不良による発火多発)はその代表例であり、東京消防庁のデータでもスマートフォン自体を発火源とする事故は毎年計上されている。ただし、モバイルバッテリーに比べて頻度が低く、ニュースとして目立ちにくいというのが実態に近い。NITEの発表では2020〜2024年の5年間にモバイルバッテリー起因の事故が1860件(うち85%が火災)報告されており、増加傾向にある。
同じ化学反応(熱暴走)を内在させながら、なぜ製品によって発火頻度に差が生じるのか。要因は主に4つある。
第一に、規格・認証の適用時期の違いだ。 世界最大のリチウムイオン電池生産国である中国では、スマートフォン向け電池は比較的早くから強制規格(品質基準)が適用されていたのに対し、モバイルバッテリー向けの強制規格は2023年8月公布・2024年8月施行と、実はごく最近まで存在しなかった。この空白期間、モバイルバッテリー市場には品質検査が不十分な安価なセルが大量に流通していた。
第二に、製造・品質管理の一体性だ。 スマホは単一メーカーが電池セルからBMS(バッテリー管理システム)、筐体設計まで一貫して管理し、出荷前の安全試験も厳格に行われる。一方でモバイルバッテリーは無数の中小メーカーが参入しており品質のばらつきが大きく、過熱時に給電速度を落とす安全装置が搭載されていない、あるいは機能しない粗悪品も出回っている。
第三に、使用環境によるストレスの違いだ。 モバイルバッテリーは鞄の中で日常的に圧迫・落下・高温にさらされる頻度が高く、物理的損傷によるセパレーター破損のリスクが相対的に高い。スマホは筐体による保護がある分、外部からの衝撃がセルに直接伝わりにくい設計になっている。
第四に、非正規部品のリスクだ。 スマホであっても、非正規店でのバッテリー交換や粗悪な互換バッテリーへの交換を行うと発火リスクは大きく上がる。2008年に日本国内で3件発生したiPod nanoの過熱・出火問題(アップルジャパンが無償交換対応)は、純正品自体の設計不良という点で例外的な事例だった。
つまり「化学的な発火リスクの根はスマホもモバイルバッテリーも同一」であり、差を生んでいるのは規格の網がかかる時期と、製造・品質管理の主体という人為的要因だ。逆に言えば、規格整備や品質管理の徹底によって、リスクは化学的にゼロにはできなくとも、統計的には大きく抑え込めるということでもある。
この仮説を裏付けるため、製品評価技術基盤機構(NITE)の重大製品事故データベースから、リチウムイオン電池関連の事故記録1,164件(2007〜2024年)を独自に取得・集計した。品名を「スマートフォン・携帯電話」「モバイルバッテリー・充電器」「ノートパソコン」「電動アシスト自転車・電動二輪」「充電式掃除機」の5カテゴリーに分類し、年別の発生件数を可視化したのが下図だ。

2016〜2024年の累計件数を品目別にまとめると、以下の通りだ。
| カテゴリ | 件数 |
|---|---|
| モバイルバッテリー・充電器 | 249件 |
| ノートパソコン | 136件 |
| 電動アシスト自転車・電動二輪 | 129件 |
| 充電式掃除機 | 116件 |
| スマートフォン・携帯電話 | 110件 |
モバイルバッテリー・充電器が249件であるのに対し、スマートフォン・携帯電話は110件と半分以下にとどまる(比率にして約1:2.26)。日本国内で流通しているスマートフォンの台数がモバイルバッテリーよりも桁違いに多いことを踏まえれば、この差は前述の「規格・品質管理の違い」という仮説と整合的だ。また、2021年以降は電動アシスト自転車・電動二輪のバッテリー事故(2022年に38件)が急増しており、モビリティ関連機器が新たなリスク領域として浮上している様子も読み取れる。
ただし、この集計はあくまで事故の絶対件数であり、出荷台数あたりの発生率(真の意味でのリスク率)を示すものではない点には注意が必要だ。また、スマートフォンが完全に安全というわけでもない。同データベースには、2017年・2019年・2022年に発生した死亡を伴う火災事故(いずれもスマートフォンまたは携帯電話機が原因)が含まれており、絶対数が少ないからといって個々のリスクがゼロというわけではないことも付言しておきたい。
発火リスクを構造的に低減する技術として、現在世界で開発競争が繰り広げられているのが「全固体電池」と「ナトリウムイオン電池」だ。両者とも特許・技術基盤の所在国が明確に分かれている点が興味深い。
全固体電池は、可燃性の液体電解質を不燃性の固体電解質(硫化物系・酸化物系など)に置き換えることで、原理的に熱暴走のリスクを大幅に下げる技術だ。エネルギー密度・充電速度でも液系電池を上回るとされる。
技術の基礎(特許)は日米が先行し、量産化・コスト競争力の局面では中国勢の設備投資スピードが脅威になりつつある、というのが2026年時点での構図だ。
「材料・製造プロセス」の特許(全固体電池そのものに関する出願は世界で6,000件超に及ぶ)だけでは、どの国が量産実装に近いかは見えてこない。そこで、より実装レベルに近い「充放電制御・熱管理・圧力制御」に関する特許に絞り込み、WIPOの特許データベースPATENTSCOPEを用いて独自に調査した。検索条件は英語クレーム中に”solid-state battery control system”に相当する語句が近接して出現する特許(国際特許分類H01M=電池分野に限定)とし、24件がヒットした。
出願人別に集計すると、トヨタ自動車1社だけで24件中11件(約46%)を占め、日産自動車・SUBARU・村田製作所を含めた日本企業全体では16件(約67%)に達した。トヨタの出願内容は、全固体電池への加圧制御、内部短絡検知による充放電切替、SOC(充電状態)上限管理、ヒーターによる充電再開時の温度制御、放電電位の範囲制御、セル間の充電量均等化、内部抵抗推定に基づく電圧制御など多岐にわたり、単発の技術ではなく体系的なポートフォリオを構築している様子がうかがえる。残りは現代自動車とSamsung SDIの韓国勢が3件、Microsoftや個人発明家などその他が5件という内訳だった。
ただし、この結果には重要な限界がある。検索を英語クレームに限定しているため、CATLやBYDなど中国企業が中国語で出願した特許は最初から対象に含まれておらず、この調査結果をもって「中国が制御技術で遅れている」と結論づけることはできない。前述の全固体電池特許全体(6,000件超)における中国の存在感の大きさを踏まえれば、実装レベルの特許でも中国語ベースでは相当数の出願が存在すると見るのが自然だ。それでも、少なくとも英語で国際出願されている範囲では、トヨタが自動車メーカーとして充放電・熱・圧力の制御技術を体系的に押さえにいっている実態は、具体的な特許番号ベースで確認できる事実である。
ナトリウムイオン電池は、リチウムの代わりに地殻中の埋蔵量がリチウムの400倍以上あるナトリウムを電荷担体として使う技術で、資源制約が少なく、低コスト化と寒冷地性能(マイナス40度でも容量保持率90%超)に優れる。液系電解質を使う点では発火リスクをゼロにはできないが、リチウムに比べて反応性が低く、熱暴走のリスクは相対的に低いとされる。
この分野を主導しているのは中国・CATL(寧徳時代新能源科技)だ。2016年から研究に着手し、約2000億円を投じて開発を継続、2021年に第1世代電池を発表後、2025年4月に第2世代「Naxtra(ナクストラ)」を発表した。エネルギー密度は175Wh/kgに達し、リン酸鉄リチウム(LFP)電池に迫る水準まで向上している。2026年2月には中国・長安汽車と共同で世界初のナトリウムイオン電池搭載量産乗用車を発表し、蓄電システム向けの商業出荷も2026年9月に開始予定としている。BBC記事内でクビアック氏が「ナトリウムイオン電池は現状コストが倍」と述べているのは事実だが、CATLはコストをリチウムイオン電池比30〜40%安いと主張しており、この1〜2年で状況が急速に変化している可能性が高い。この技術の主導権は、特許・量産体制ともに現時点で中国に集中している。
BBCが報じた機内バッテリー火災は単発の事件ではなく、「エネルギー密度を追求した液系リチウムイオン電池」という技術そのものに内在するリスクの表れだ。2006年のノートPCリコール、2024年の仁川EV火災、2022〜2023年の自動車運搬船火災は、いずれも異なる文脈で起きながら、根底にある化学反応――正極と負極の間の絶縁破壊による熱暴走―は共通している。
この構造的リスクを技術で乗り越えようとする動きが、全固体電池(日本の基礎技術、米韓の追随、中国の量産攻勢)とナトリウムイオン電池(中国主導)という2つの潮流だ。どちらも2026〜2028年が実用化の分水嶺になるとみられており、「発火しない電池」への転換は、単なる安全性の問題を超えて、日中米韓のエネルギー安全保障・産業競争力の主戦場になりつつある。
主要参照:BBC News(airline lithium-ion battery warnings, 2026年8月)、国立科学博物館、旭化成、Reuters、朝鮮日報日本語版、Nikkei xTECH、Merkmal、NITE(製品評価技術基盤機構)事故情報データベース(独自集計、2007〜2024年)、WIPO PATENTSCOPE(独自検索・集計、検索条件:EN_CL:(“solid-state battery control system”近接検索) AND ICF:(H01M))、各社公式発表資料等。
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