「猛暑の夏は台風が多い」は本当か—気温・海水温45年データで検証する秋台風の正体

「猛暑の夏は台風が多い」は本当か—気温・海水温45年データで検証する秋台風の正体

マップの説明

  1. ヒートマップ 秋season(9-11月)に日本近海ボックス内に記録された全台風の経路点密度
  2. 星マーク 観測地点
  3. 円枠 海面温度測定地点
  4. 赤点 秋season(9-11月)において台風が日本近海ボックス圏内に初めて入った地点

※星マークと円枠は同じ2地点(勝浦・福江)を指す。星=気象観測所の位置、円=その地点における海面水温(色は水温の高低)

毎年のように語られる経験則がある。「今年は猛暑だから、秋は台風が多いだろう」。夏の暑さが体感として記憶に残る頃、決まってこの言葉を耳にする。

だが、これは本当だろうか。太平洋高気圧が夏の間は台風を寄せ付けず、秋になって後退するとともに台風の通り道が開く—という説明自体はよく語られている。しかし「猛暑の年ほど秋の台風が多い」という因果の部分は、実際にデータで確かめられたことがあるのだろうか。

本稿では、気象庁のAMeDAS気温データ、日本沿岸域の海面水温データ、IBTrACS(国際ベストトラック台風データセット)を組み合わせ、この通説を定量的に検証する。結論を先に言えば、通説は支持されない。しかもその検証過程では、統計分析につきものの落とし穴—サンプル数が少ないときに生まれる見せかけの相関—にも一度足を取られかけた。その顛末も含めて記録しておきたい。

使用データ

データ出典期間・地点
気温(月平均)気象庁「過去の気象データ・ダウンロード」勝浦(千葉県・太平洋側代表)、福江(長崎県・東シナ海側代表)、1981-2025年
海面水温(日別)気象庁「日本沿岸域の海面水温情報」海域304(千葉県南部沿岸)、海域606(五島列島沿岸西部)、1982-2025年
台風経路IBTrACS v04r01(NOAA)北西太平洋(WP)海域、1981-2025年

勝浦・福江の2地点は、それぞれ太平洋側と東シナ海側の代表として選んだ。304・606の海域区分も同じ対応関係にある。台風の「秋season接近数」は、9〜11月に緯度20-48°N・経度118-155°Eの日本近海ボックス内に記録が存在した台風(UNNAMEDを除く)の数として集計した。

第一の検証:気温・海水温は、夏も秋も、台風接近数とほぼ無相関

まず通説をもっとも単純な形で検証する。気温・海水温(夏季・秋季いずれも)と、その年の秋season台風接近数の相関を、データが揃う全期間(1982-2025年、n=44)で計算した。

変数秋season接近数との相関係数(r)p値
勝浦 夏季気温(JJA)-0.040.80
福江 夏季気温(JJA)0.000.99
勝浦 秋季気温(SON)+0.010.95
福江 秋季気温(SON)+0.110.47
304 夏季海水温(JAS)-0.060.70
606 夏季海水温(JAS)+0.070.67
304 秋季海水温(OND)+0.060.69
606 秋季海水温(OND)+0.010.96

結果は明確だった。夏でも秋でも、気温でも海水温でも、太平洋側でも東シナ海側でも、いずれの組み合わせも相関係数は0.1前後かそれ以下、p値はすべて0.4を超えている。統計的に意味のある関係は一つも見つからなかった。「猛暑の夏だから秋に台風が多い」という単純な図式は、45年分のデータでは全く支持されない。

象徴的なのが2023年である。記録的な猛暑の年だったにもかかわらず、この年の秋season接近数は少なく、全国的にもこの年の台風発生数は統計開始以降で最少級だったことが気象庁のデータからも確認できる。猛暑と台風多発は、素朴に結びつけられるものではない。

寄り道:10年分のデータに一度だまされかけた話

ここで、検証の過程で実際に起きたことを記録しておく。

当初、直近10年分(2016-2025年、n=10)のデータだけで同じ相関を計算したところ、304(太平洋側)の秋季海水温と接近数のあいだにr=+0.59という、それなりに強い相関が出た。

304秋季SST秋season接近数
201622.41℃11
201721.35℃6
201822.04℃5
201922.25℃11
202022.03℃6
202121.50℃4
202222.25℃8
202322.01℃5
202423.15℃10
202522.49℃5

この10年分だけを見ると、「秋まで水温が高い年は台風が多い」という、もっともらしいストーリーが描けてしまう。実際、一度はこの筋で記事を組み立てかけた。

しかし、同じ変数を全期間(n=44)に広げて計算し直すと、この相関はr=+0.06まで縮み、統計的な有意性も消えた。10年間のr=+0.59は、たまたまこの期間に生じた偶然の産物だった可能性が高い。サンプル数が少ないほど、意味のない変動からでも「それらしい相関」が偶然生まれやすくなる—統計分析ではよく知られた落とし穴だが、実際に自分のデータで踏み抜いてみると、教訓としての重みが違う。

10年分のデータで何かを主張するときは、それが本物の関係なのか、単なる偶然の一致なのかを、常に長期データで検算する必要がある。この記事自体が、その教訓の実例になった。

念のため、もう一つの切り口も試した。夏季と秋季の温度差(夏から秋にかけてどれだけ急激に気温・水温が下がるか)が、接近数を左右しているのではないかという仮説である。

実際、10年ごとの差分を見ると、地点によって異なる動きをしている。

期間勝浦(夏−秋差)福江(夏−秋差)
1981-19895.06℃6.00℃
1990-19994.46℃5.77℃
2000-20094.81℃5.80℃
2010-20194.72℃5.79℃
2016-20254.88℃5.72℃

福江(東シナ海側)は1980年代の6.00℃から2016-2025年の5.72℃まで緩やかに縮小しているのに対し、勝浦(太平洋側)は1990年代以降4.7〜4.9℃で横ばいという、非対称な動きを見せている。これはそのまま第二の検証で見た「福江の方が秋の昇温が夏より速い」という結果の裏返しでもある。

この年ごとの差分と、秋season接近数との相関を、今度は最初から全期間(n=44-45)で計算した。

変数(夏−秋の温度差)接近数との相関係数(r)p値
勝浦(気温差)-0.070.66
福江(気温差)-0.130.40
304(海水温差)-0.140.36
606(海水温差)+0.080.61

こちらも無相関だった。夏季・秋季それぞれの絶対値、季節間の差分——気温・海水温をどの角度から切っても、秋season台風接近数を説明する変数にはならなかった。気温・海水温それ自体は、台風の接近しやすさを左右する主因ではなく、太平洋高気圧の位置や偏西風の蛇行パターンといった、大気循環の構造の方が本質的に効いているのだろう。

第二の検証:それでも「秋の暑さ」自体は、45年規模の気候変動だった

台風の接近数とは相関しなかったが、気温・水温データそのものの推移を眺めると、また別の話が見えてくる。「秋になっても気温が下がりきらない」という現象自体は、単なる年ごとのばらつきなのか、長期的なトレンドなのか。勝浦・福江の気温データを1981年まで遡り、45年間の推移を確認した。

夏季・秋季の昇温率(1981-2025年、線形回帰)

地点・季節昇温率相関係数(r)p値
勝浦 夏季(JJA)+0.43℃/10年0.705p<0.0001
勝浦 秋季(SON)+0.47℃/10年0.716p<0.0001
福江 夏季(JJA)+0.27℃/10年0.486p=0.0007
福江 秋季(SON)+0.37℃/10年0.590p<0.0001

こちらはいずれも統計的に非常に有意(p<0.001水準)な昇温トレンドで、n=44-45という十分なサンプル数に裏付けられている。「秋まで暑さが引かない」という体感は、思い込みではなく、45年規模で見て実際に進行している気候変動の一側面だった。ただし重要なのは、この昇温トレンド自体は「台風の多さ」とは別問題だということだ。気温・水温は確かに上がり続けているが、それが秋season台風の接近数を左右してはいない。

10年ごとの気温推移

期間勝浦JJA勝浦SON福江JJA福江SON
1981-198922.82℃17.76℃24.74℃18.74℃
1990-199923.18℃18.72℃24.95℃19.18℃
2000-200923.43℃18.62℃25.36℃19.56℃
2010-201923.91℃19.19℃25.33℃19.54℃
2016-202524.46℃19.58℃25.78℃20.06℃

興味深いのは、勝浦(太平洋側)では夏季・秋季がほぼ同じ速度で昇温しているのに対し、福江(東シナ海側)では秋季の昇温(+0.37℃/10年)が夏季(+0.27℃/10年)より明確に速いという点だ。つまり「秋の残暑」という非対称パターンは、東シナ海側でより顕著に表れている。

なお、台風の接近数自体についても、1981-2025年の45年間で有意な長期トレンドは確認できなかった(傾き≈0、p=0.978)。「気候変動で秋台風の”数”自体が増えている」とは言えない。変化しているのは接近数ではなく、その背景にある海と大気の温度構造の方である。

第三の検証:太平洋側と東シナ海側、逆転していた優劣

最後に、304(太平洋側)と606(東シナ海側)の秋季海水温を比較したところ、当初の想定を超える発見があった。

304 太平洋側(秋季SST)606 東シナ海側(秋季SST)どちらが高いか
198221.44℃21.15℃太平洋側が+0.29℃高い
202522.49℃23.70℃東シナ海側が+1.21℃高い

1982年時点では、黒潮本流が通る太平洋側の方が、東シナ海側よりわずかに水温が高かった。ところが2025年には、この関係が完全に逆転している。43年の間に、東シナ海側は太平洋側を追い抜き、秋の高水温を主導する海域へと変化した。

1982
2025

この逆転がなぜ起きたのかについては、今回のデータだけでは踏み込めない。黒潮続流や対馬暖流の流量変動、東シナ海の浅い大陸棚がもたらす熱応答の速さなど、いくつかの仮説は立てられるが、いずれも海洋物理の専門データによる裏付けが別途必要になる。今回はこの逆転が「起きた事実」を確認するところまでにとどめる。

まとめ

  • 「猛暑の夏は秋台風が多い」という通説は、45年分のデータでは支持されない。夏季・秋季いずれの気温・海水温も、秋season台風接近数とはほぼ無相関だった(すべての組み合わせでp>0.4)
  • 直近10年(n=10)だけで見ると、304の秋季海水温と接近数のあいだにそれらしい相関(r=+0.59)が見えたが、全期間(n=44)で検算すると消えた。小サンプルが生む見せかけの相関の典型例であり、この記事自体がその教訓を体現する結果になった
  • 夏秋の温度差(気温・水温がどれだけ急激に下がるか)という切り口でも試したが、これも全期間では無相関だった。気温・海水温は、絶対値でも差分でも、秋season台風接近数を説明する変数にはならない
  • 一方、「秋まで暑さ・高水温が引かない」という現象自体は、統計的に頑健な45年規模の気候変動トレンドとして確認できた(勝浦・福江とも夏季・秋季ともp<0.001で有意に昇温)。ただしこれは台風の多さとは別問題である
  • 太平洋側(勝浦)は夏秋がほぼ同速度で昇温している一方、東シナ海側(福江)は秋の昇温が夏より速く、非対称なパターンを示す
  • 1982年と2025年を比較すると、太平洋側優位だった水温構造が東シナ海側優位へと完全に逆転していた

一つの通説を検証するつもりで始めた作業は、通説を否定しただけでなく、統計分析の危うさそのものを実演する結果にもなった。そして最終的には、台風とは別に、日本近海の海洋構造そのものの変化という、想定外の場所にたどり着いた。この逆転がなぜ起きたのかは、稿を改めて検証したい。


データ・手法についての注記:台風接近数の相関分析は、SSTデータが揃う1982-2025年(n=44、気温のみの変数は1981-2025年でn=45)で計算した。当初10年分(n=10)の分析で見えた相関は、全期間での検算により統計的な裏付けを欠くことが判明したため、本稿では採用していない。45年間の気温トレンド分析は、いずれも統計的に頑健な結果である。使用したAMeDAS気温データ、海面水温データはいずれも気象庁の公開データに基づく。台風データはNOAA IBTrACS v04r01を使用した。


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