モナ・リザに暗号はあるのか|背景・口元・姿勢をQGISで測る

モナ・リザに暗号はあるのか|背景・口元・姿勢をQGISで測る

ダ・ヴィンチは、天才で、約束を守らない人でもあった

分析の前に、作者の実像に触れておく。

  • 非嫡子として生まれた。 1452年、公証人の父ピエロと、農民の若い女性とされる母の間に生まれた。両親は結婚していなかったが、父の家の領地で育ち、読み書きと算数の基礎教育を受けた。ラテン語は、後に独学した。
  • 廊護者に恵まれていた。 ミラノのルドヴィーコ・スフォルツァに約17年仕え、ローマではジュリアーノ・デ・メディチから部屋と「かなりの月給」を受け、フランスではフランソワ1世から「国王の第一の画家・建築家・技師」の称号を受けた。借金や収支の記録は、筆者が確認した資料には出てこない。
  • 依頼を完成させなかった。 『東方三博士の礼拝』は、1482年ごろミラノへ移るときに放棄した。『岩窟の聖母』は、依頼した信徒会との間で約10年の訴訟になった。『スフォルツァの騎馬像』は、青銅が大砏に回されて実現しなかった。『アンギアーリの戦い』は、約3年で中断した。絵の具の実験の失敗が理由とみられる。
  • 新しい技法が、作品を傷めた。 『最後の晩餐』は、フレスコではなく、自分で調合した下地にテンペラで描いた。下地が壁からはがれ、16世紀の初めには損傷が出て、1980〜1999年の修復では、元の絵の具がほとんど残っていないと分かった。
  • モナ・リザも、最後まで手元に置いた。 依頼主は、ヴァザーリ(1550年)によればフランチェスコ・デル・ジョコンドだが、1517年にこの絵を見たデ・ベアティスの記録では、ジュリアーノ・デ・メディチの依頼とされる。ルーヴル美術館はどちらも断定せず、フランチェスコが「依頼したのかもしれない」という書き方にとどめている。確かなのは、レオナルドが亡くなるまでこの絵を手元に置き、描き続け、未完成のままだったことだ。1516年にフランスへ招かれたときも、持っていった。代金の受け取りについては、記録を確認できなかった。

このことは、絵の傷みとも無関係ではない。ルーヴル美術館の記録によると、モナ・リザはポプラの板に描かれ、板がわずかに反って、上端から額にかけて約11センチの割れがある。裏には、割れを止める当て木と布がある。後の修復で重ねたニスは酸化して黄色く濁り、空が緑がかって見える。手元で持ち歩いたことが傷みにどれだけ影響したかは、示す記録がない。

筆者は、ダ・ヴィンチを、天才で頭が良い一方、人間としてはでたらめでいい加減な人だったと見ている。ただし、未完成や中断の背景に、新しい技法の実験があった例も多い。モナ・リザを、1503年ごろから亡くなる1519年まで手元で描き続けたことが、ぼかしの深い口元と無関係ではないかもしれない。これは推測である。

暗号は見つからなかった

構図の主要な点を、画像上で黄金比や三分割の位置と照らした。ランダムに点を置いても同程度に合う範囲の一致しか出ず、モナ・リザだけが特別に合うという結果にはならなかった。

目を引く背景の山々と、人物の手にも、数値で特別な手がかりは出なかった。これは「見つからなかった」という結果であり、暗号がないことの証明ではない。

背景は「構成された風景」に見える

『最後の晩餐』の窓の外に見える山も、実在の風景とは思えない。モナ・リザの背景も同じではないか、人物と背景は別々に作って合成したのではないか。この筆者の仮説を、次の方法で確かめた。

  • 空気遠近法で層に分ける: 遠いものほど青みが増し、彩度とコントラストが落ちる。この性質で背景を色の層に分け、稜線を自動で追った。
  • 左右を比べる: 人物の左右に広がる風景の層の並びを比べた。

結果として、左右の風景は、同じ粗い層構造を持っていた。実際の地形であれば、左右で層の並びがそろう理由はない。「遠いほど青く淡く」という規則に従って組み立てたと考えると、この結果と矛盾しない。

言えないこともある。ここで示せるのは「規則的に作られている」という点までで、特定の場所を否定したり、特定したりしたわけではない。左右で地平線の高さが違うという見方も、今回の計測では、はっきりした差として確認できなかった。

「微笑む」を、目と口元に分けて考える

「微笑む」と言うと、視線は目に行く。ところが「口元が笑っている」と言うと、相手を見下しているとも取れる。筆者は、この違いを分けて、モナ・リザの「微笑み」を定義し直すべきだと考える。

見下しと読まれるような、口角を片側だけ上げる形は、モナ・リザの口の線には見られない。左右差は、両目の間隔を 1 として 0.01 程度で、他の作品と同じ範囲にある。

では、笑って見える理由は何か。ハーバード大学のマーガレット・リビングストンは、笑みが「低い空間周波数(ぼやけた成分)」で主に描かれているため、周辺視野や遠くから見ると笑いが現れると論じた(Livingstone, Science 290(5495), 2000)。顔にぼかしを段階的にかけた図でも、ぼかすと口元の笑みが見えやすくなった。一方、2024年の Soranzo の研究(Scientific Reports 14, 12250)は、唇の上の影の領域が口とつながって見えるかどうかで、表情が変わると報告している。

ここから、モナ・リザの微笑みは、口の形よりも、口の線のぼけに大きく左右されていると考えられる。影の見え方も関わるという研究がある。目は笑わずに、口元だけが笑うと見下しに見える。線がぼけていると、口元だけで表情が決まらず、見る人の視線が目に戻る。このことが、「微笑む」という感じにつながる。

4作品の口元を比べる

口の形は4作品でほぼ同じで、違いは口の線のかたさにあった。比べたのは、レオナルド作とされる女性の肖像画(絵画)4点すべて。顔の傾きと大きさをそろえ、口の暗い線を画像上でたどって測った。

作品口角の上がり線のコントラスト線のシャープさ(中央)
モナ・リザ0.0160.339.8
ジネヴラ・デ・ベンチ0.0000.5416.1
美しきフェロニエール0.0160.5227.9
白貂を抱く貴婦人0.0160.5015.6

長さは、両目の間隔を 1 とした比。線のコントラストとシャープさは、小さいほど線が淡くぼけている。

  • 口角の上がりは決め手にならない。 ジネヴラだけが真一文字(0.000)で、他の3作品はどれも 0.016 前後。モナ・リザだけ口角が上がっているとは言えない。
  • 線のぼけはモナ・リザだけが違う。 コントラストは 0.33 と、他の 0.50〜0.54 より明らかに低い。シャープさも、最も低い。
  • フェロニエールのシャープさ(27.9)は突出している。 画像の解像度が低く、輪郭が強調されている可能性がある。

肩と頭の傾きを測る

肩と頭は4作品とも、10〜14度ずれている。ただしモナ・リザは、肩が傾いていても頭が水平である。測ったのは次の3本の線です。

  • 肩の線: 左右の肩の外側の点を結ぶ線と、水平線の角度。
  • 目の線(頭の傾き): 左右の目の中心を結ぶ線と、水平線の角度。
  • 鼻の線: 鼻の付け根から鼻先を結ぶ線と、垂直線の角度。

肩と目の角度は、プラスが鑑賞者から見て右側が下がる向き。鼻は、プラスが鼻先が付け根より右にある向き。

作品肩の線目の線(頭)鼻の線(垂直から)肩と目の差
モナ・リザ+12.6°−0.8°−1.0°13.4°
ジネヴラ・デ・ベンチ−9.7°+0.5°+2.1°−10.3°
美しきフェロニエール+7.6°−4.5°+0.9°12.1°
白貂を抱く貴婦人+9.9°−4.2°+7.6°14.1°
  • モナ・リザとジネヴラは、頭が水平。 目の線が±1°以内で、鼻の線もほぼ垂直。顔が正面を向いている。
  • フェロニエールと白貂は、頭と肩が逆にねじれている。 目の線が約−4〜−5°(右上がり)で、肩は逆の右下がり(+7.6°、+9.9°)。白貂は鼻の線も+7.6°傾き、顔が横を向いている。
  • 肩と目の差は、モナ・リザだけの特徴ではない。 どの作品も、10〜14度ずれている。肩を傾け、頭は別の角度で置く構図は共通している。

肩の点は服の輪郭のどこに置くかで数度ずれる。モナ・リザの右肩は暗い服にまぎれていて、特に不確かである。

筆者の見方: 他の3点に宿る、不気味な生命感

ここからは数値ではなく、筆者の感覚です。モナ・リザ以外の女性肖像は、不気味なくらい生命が宿っている感じがする。真夜中には見たくない。

筆者は、各作品の唇を次のように読む。これは感情を測った結果ではなく、筆者の読みである。

  • モナ・リザ: 微笑む時の唇
  • ジネヴラ: 無感情の唇
  • フェロニエール: 何か言いたい時の唇。反撃の感情
  • 白貂: 感情を押し殺している唇

測定との接点は、次の2つです。線が鋭いジネヴラ・フェロニエール・白貂は、表情が一点に固定されて見える。とくにフェロニエールと白貂は、頭と肩が逆にねじれていて、緊張した姿勢に見える。一方モナ・リザは、線がぼけて表情が固定されず、見る側が読み込む余地がある。そのため、のぞき込まれている感じがしないと考える。

なぜモナ・リザが最も有名なのか

作品の中身から見ると、理由は2つあると考える。

  1. 微笑んで見える、唯一の肖像画である。 4点のうち、口元の線がぼけているのはモナ・リザだけである。
  2. 背景が大きいのに、自然に受け入れられる。 フェロニエールと白貂は背景が暗い無地で、ジネヴラの風景は右側に小さく、手前の茂みにさえぎられている。モナ・リザだけが、人物の左右いっぱいに山と川を広げている。それでも不自然に見えないのは、空気遠近法で遠い風景が青く淡くなり、顔より目立たないからだと考える(背景の面積とコントラストは、今回は数値では測っていない)。

この2つが、モナ・リザを他の3点から分けている。作品の外の理由もある。たとえば1911年の盗難事件などです。ここでは、絵そのものの面から見た理由を書いた。

測り方と限界

測定に使った点(目・口・鼻・肩)の位置は、画像上で筆者が目視で確認・修正したものです。位置の判断に誤差が生じる場合があり、数値は目安として見てください。

  • 比較対象: レオナルド作とされる女性の肖像画(絵画)4点すべて。素描(イザベッラ・デステなど)は除く。『美しきフェロニエール』は、作者について議論がある。
  • 画像: 出所と解像度が違う。縮小のみでそろえたが、経年変化やひび割れ、撮影条件の違いは残る。
  • 角度: 平面の絵から出した目安で、数度の誤差がある。
  • 数値の扱い: 統計的な検定はしていない。差は、傾向として読んでほしい。

まとめ

モナ・リザに暗号は見つからなかった。見えたのは、背景が「遠いほど青く淡く」という規則で組み立てられていること、口元の線が4点の中で最もぼけていること、肩が傾いていても頭は水平であることだ。モナ・リザは、表情を決め過ぎないことで、微笑んで見える。これが、数値と筆者の目を重ねて得た結論です。

参考


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